未来を拓くひら。大志を! Vol.10
サイエンス作家・竹内薫さんが
医薬ビジネスの提携エキスパート・横田和子さんに聞いた
医薬品ライセンス提携一筋
「聞く力」を武器に、
激しい競争を闘い抜く
- 旭化成ファーマ 医薬事業統括本部
プリンシパルエキスパートの横田和子さん
- サイエンス作家
竹内 薫さん
旭化成が掲げる「Care for People、Care for Earth」を具現化するため、最前線のリーダーたちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第10回は、国内外の製薬会社と交渉して、医薬品のライセンス契約などの提携事業を手掛ける旭化成ファーマの医薬事業統括本部 プリンシパルエキスパートの横田和子さん。国内外の企業との提携で成果を上げるとともに、米国の裁判を戦い抜いた経験もある。医薬品提携のプロは、グローバルの舞台でどうキャリアを磨いてきたのか。
大学ではESSで英語力を磨く
入社後は発足したばかりの部署に
大学ではどんなことをしてきましたか。また、なぜ旭化成に入社したのでしょう。
筑波大学で応用生物化学の研究室にいました。課外活動ではESS(English Speaking Society)ドラマセクションに所属し英語劇の活動をしていました。ESSのメンバーは帰国子女や文系、理系など多様で個性的。グローバルな視点を持った人も多く、随分刺激を受けました。旭化成に入社したのは、医薬事業が自分のやりたい分野と近かったこと、広く海外展開している会社だったので、漠然と海外の仕事に携われるのではと期待したからです。入社後、医薬事業部の海外事業推進部という新しい部署に配属されました。発足したばかりで、社員3人でスタート。現在、所属するライセンシング部のルーツのような部署です。
どんな仕事を担当してきたのですか。
入社以来、ずっと医薬品のライセンス提携に関わる仕事をやってきました。医療用医薬品事業の研究開発は長期にわたり多額の投資を必要とします。研究開始から発売までに15年以上かかることも多いんです。一方で、膨大な投資をしても、途中で副作用が確認されるなど開発が突然中止してしまうこともある。だからどの製薬会社もリスクマネジメントとして、得意な国や治療領域でより多くの候補薬剤を持ち、有望な薬剤は価値の最大化を目指すことが経営戦略になっています。他社との提携は経営戦略を実現する重要な手段です。私の仕事は、未来を見据えて提携の価値を評価し、相手先の企業と提携実現のために医薬品の開発や販売に関するライセンス契約の交渉をすることです。
競合他社に競り勝ち提携が成立したとき、チームで味わう達成感は非常に高い、と語る横田さん
競合他社と熾烈な競争
誠実に相手の立場で考える
時には英語でハードな交渉をやり抜くわけですね。どんな姿勢で交渉にあたっていますか。
交渉相手が海外企業のことが多く、その場合は英語でも交渉します。競合他社も私たちと同じ薬を狙っているケースが多いので、競争は熾烈になります。どうすれば、相手から選んでもらえるかが肝心。常に心がけているのは、誠実に相手の立場でものごとを考えることです。まずは相手の主張を徹底的に聞くこと。自分たちの主張を通すためには、まず相手の主張を聞き倒さないといけないと思っています。
相手の話を聞くのはビジネスの基本と言われますが、実際にはなかなか実践できないですよね。
相手の話を聞いていると、色々なヒントをもらえます。相手が本当に期待していることは何かが見えてきます。互いの考えにどんなギャップがあるか分かれば、一つひとつ課題をつぶしていくプロセスに移ることができます。相手を説得するには、こちらの主張を論理的に説明していくことが重要です。チームプレーも大事ですね。提携チームだけではなく、法務や開発、販売など様々な部門と一丸になって、相手との交渉を進めます。ドキドキの連続です。交渉が難航したときはつらい思いもしますが、競合他社に競り勝って提携が成立したとき、チームと一緒に味わう達成感は非常に高いですよ。
コロナ禍のオンライン交渉
「考えの見える化」で工夫
相手の話を「聞く力」で海外との交渉も次々成果を上げているわけですね。新型コロナウイルス感染症は交渉に影響を与えていますか。
これまでは、交渉前に雑談するなど打ち解け合う時間があり、そこで相手の人柄など色々知ることができました。でもオンラインではそういう時間の余裕もなく、スクリーンを通していきなり交渉が始まることもあります。かなり勝手が違いますね。相手の考えを正確に理解することが重要なので、「考えの見える化」に向け色々な工夫をしています。
私はインターナショナルスクールをやっています。コロナ禍でオンライン授業をしましたが、やはりストレスがたまりますね。
相手にうまく伝わらないというか、もどかしい。マジックハンドで交渉しているみたいな気分になります。やはりリモートだけではきつい面はありますね。
米国の陪審員裁判で証言台に
絶対負けられない勝負
2007から14年にかけ、提携先の欧米企業の契約違反による国際仲裁、訴訟で、米国の裁判所の証言台に立った経験もあるそうですね。
訴訟の場合、弁護士やうちの法務部門が主体的な役割を担います。私はこのライセンス契約の担当者だったので、09年に国際仲裁、11年に米カリフォルニアの陪審員裁判でそれぞれ第一証人として臨みました。
映画の裁判のワンシーンのように陪審員の前で宣誓して証言したのですか。
そうです。陪審員の前で宣誓して証言を始めました。人生でこんなことが起きるのかという不思議な感覚と同時に大変緊張しました。一方で証言の日の朝は、「やっと自分の知る事実を第三者に聞いてもらえる日が来た」という万感の思いもありましたね。裁判では、英語の聞き間違いを避けるため尋問には通訳を入れましたが、私からの証言は通訳を使わずに自分の言葉で直接伝えるため英語で話しました。陪審員の方々はとてもよく私の話を聞いて理解しようとしてくれたと感じました。
通常の日本企業は海外の企業に対して訴訟を起こしても、途中で和解するケースが多い。しかし、この訴訟は最後まで争い、完勝した珍しい案件ですね。すごいプレッシャーだったと思いますが。
どこかで和解するかもしれないと思っていたのですが、最終的に証言することになった時は覚悟を決めました。絶対に負けられない試合、後で訂正はできない究極の一発勝負だと。ESSで英語劇の活動をしていたときと同じで、人前に立ったら肝が据わりました。人生にムダはないですね(笑)。最終的に裁判で勝訴したときは、会社人生で記憶に残る日になりました。裁判所の静寂な空気の中で、陪審員が500億円を超える賠償金額を読み上げた瞬間は、それまで味わったことのない感動でした。
仕事には覚悟を持ってあたり、
簡単に諦めないことが大事
旭化成だからこそ成し遂げられることはありますか。
旭化成ファーマは、旭化成グループの一員として医薬事業を営んでいますが、グループ内の多様な事業部門はもちろん、法務、知財、経理、経営企画等といった管理部門に蓄積されたノウハウを共有できることはありがたいですね。しかも他の部門の人たちが非常に協力的なんです。異なる事業ナレッジを取り入れた活動ができる点は旭化成ならではの強みだと思います。
企業人としての心がけ、若い世代にメッセージをお願いします。
まずは、いま携わっている仕事にプロ意識をもって取り組んでほしい。「プロ」と呼ばれる人たちは、仕事に対して覚悟を持って挑み、簡単に諦めない。私はこれまで提携業務をしてきたなかで、もうダメかもしれないと思う局面もたくさんありましたが、結局は頑張って諦めなかった仕事が結果につながっています。また、どんな仕事をする場合でも、まず誠実に相手の立場に立って考え行動することがいい結果につながると思います。チームワークも非常に重要です。これまで様々な部署の仲間にずいぶん助けてもらいました。うまく交渉が進まないとき、仲間と思いを共有し、協力し合う関係性はとても貴重です。若い世代の皆さんには、仲間と仕事をすることで得られる充実感を味わってほしいですね。常に未来を見据え、諦めず、やり抜けば、きっとうまくいくと思います。
私は作家をやっています。ネット社会になり、ライターはどんどん食べられなくなってしまいました。未来に展望が見えず、諦めた仲間も少なくありません。しかし、横田さんの話を聞いて少し元気をもらった気分になりました。未来を見つめて、励んでいれば、報われる日が来る。今後のご活躍を期待しています。