AsahiKASEI

未来を拓くひら。大志を! Vol.2
サイエンス作家・竹内薫さんが「触媒一筋」鈴木賢さんに聞いた

制約は修行。
若いうちはがむしゃらに

「自分の目」「化学の目」持ち、独創技術で次代を築け

制約は修行。若いうちはがむしゃらに

旭化成が掲げる「Care For People, Care For Earth」を具現化するための、製品、技術、同社の研究者たちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第2回は「触媒一筋」の鈴木賢さんに聞いた。触媒は化学プロセスの心臓部ともいわれ、その力量が事業展開の成否を分ける。触媒の魅力、研究者としての転機、鈴木さんが考えるイノベーションに必要な環境とは。

「金ナノ粒子」を使い開発。
プラスチックの原料を
効率生産する触媒

物理が専門で化学が苦手だったこともあり、それ自体は変わらない触媒というものが、昔から不思議でした。

触媒は、化学反応においてそれ自身は変化せず、その存在が他の物質の反応速度を速めたり、目的とする反応を選択的に促進させたりする働きをします。

しかも理論上は量も減らない。やはり不思議ですね。鈴木さんが開発した触媒で作るメタクリル酸メチル(MMA)はアクリル樹脂や塗料の原料です。具体的には何に使われていますか。

その優れた透明性と抜群の耐候性を生かして、ディスプレーや自動車部品、照明・建築関連材料、そして光学材料などに使われています。例えば水族館の水槽は分厚いガラスに見えますが、実はアクリル樹脂なんです。「プラスチックの女王」と呼ばれるくらい美しく、世界的にも需要があります。

その合成方法が「メタクロレインの酸化エステル化法」、通称「直メタ法」ですね。

そうです。世界ではさまざまな製法からMMAが生産されていますが、我々の方法は高効率、低コストを実現した独自のプロセスです。2008年に金のナノ粒子を使った「コアシェル型金・酸化ニッケルナノ粒子触媒」の実用化に成功しました。金と聞くと、コストがかかると思われるかもしれません。でもこの触媒は、少ない金の使用量で高い活性が得られ、しかも長寿命・省資源化と高い経済性を実現しました。触媒は、いわば化学プロセスの心臓部、その力量が事業展開の成否を分けるのです。

容器に入っているモノが「金-酸化ニッケル触媒」。容器はアクリル樹脂製で、この触媒反応を活用して作られている容器に入っているモノが「金-酸化ニッケル触媒」。容器はアクリル樹脂製で、この触媒反応を活用して作られている

最初は失敗の連続、
辛抱の末に見えた触媒の魅力

研究者になろうと思ったきっかけは何ですか。

大学では、超伝導物質の研究に没頭していました。そして、新素材で世界を変える、そういう仕事ができたらいいなと思い、企業の中で、研究を製品化につなげる大きな仕事をしたいと考えるようになったのです。でも入社後は、よくある話ですが、希望とは違って触媒研究の世界に放り込まれました。触媒の本当の魅力も分からず、模索しながら研究を続けていました。

触媒はある日突然面白くなったんですか。

突然でしたね。20代後半になってようやく面白さに気付きました。自分で考えたことが形になり、自分のものになったという手応えがあった瞬間です。触媒研究については全くの素人でしたから、当初は失敗の連続でした。それでもある程度の知恵がついてくると、課題に落とし込み自分なりに研究していく中で、いいものができるようになる。すると周りも認めてくれて、そこでようやく好きになったという感じです。そして新しい触媒反応を見つけたのは、30代初めの頃でした。

個を大事に、
研究者を尊重する環境で転機つかむ

その発見を、どうやって実現させたのですか。

当時、石油化学プロセスの研究開発は飽和しつつありました。現状を打破するには、新しい触媒技術を見いだすしかないと考え、基礎研究をやりたいと志願しました。この時、背中を押しチャンスを与えてくれたのが当時の研究所長です。

どのようなサポートがあったのでしょう。

基礎研究を行うためのリソースや、大学の先生との共同研究の機会を与えてくれました。この研究は実用化はできませんでしたが、高難度反応を実現した新規触媒としてアカデミアでも高く評価され、トップジャーナルにも掲載されました。それが私の研究者としての転機になったと思います。

旭化成のいいところは、個を大事にして、研究者を尊重して任せてくれるところです。放任主義とも言えるかもしれませんが、だからこそ私は成果を出し、最後はMMAの触媒を事業化できました。研究所長に志願してチャンスをもらった時から、グローバルに学術的にも認められる独創的な触媒技術を生み出すこと、そして40歳までに工業化することを目標に定め、挑戦し続けました。幸い、MMAの触媒の工業化を達成したのが39歳の時だったので、ギリギリ間に合いましたね。

個を大事に、研究者を尊重する環境で転機つかむ

自身を育ててくれた環境を受け継ぎ、
若手育成

現在は研究所長としてマネジメントの立場にいるわけですが、部下の皆さんとイノベーションを起こす環境について議論したりしますか。

私自身、旭化成という会社の中で、風通しが良く研究者を大事にしてくれる環境で育ちました。マネジメントになった今、その環境を維持していきたいと思っています。独創的でとがった技術こそがイノベーションをもたらします。また、ゼロからイチを生み出す研究開発の現場は、研究者自身の「個の力」が何よりも大事です。

ただ、優秀な人でも、環境次第で小さくなってしまう恐れがある。本来は能力があっても自分の意見が言えずに能力を発揮できない状況が続くと、思考回路が変わって発想することができなくなってくると思うんです。研究所長になって個々人への指導はなかなかできないですが、環境がいかに大事かということを声を大にして言い続けて、仕組みや施策も整えていきたいと考えています。私の研究所には、さまざまな専門や経験を持った個性豊かな研究者が集まっています。個を尊重し、共生する風土を皆で作り上げ、夢を共有しながらグローバルに成果を発信できる組織にしたいと思っています。

CO2の資源化も目指す、
グリーンケミストリー

夢というのは、例えば二酸化炭素(CO2)や環境に関連する研究でしょうか。

そうですね。持続可能な社会の実現に向けた環境・エネルギー分野の研究開発に力を注いでいます。細孔構造が精密に制御された特殊なゼオライトを用い、発電所や工場の排ガスからCO2を効率よく分離・回収するシステムの開発を進めています。また、CO2の転換技術では、ポリカーボネート(PC)原料やウレタン樹脂原料も事業化の段階にあるほか、機能性化学品を合成する新技術も開発中です。CO2が安価に回収できて再エネが普及する今後は、燃料や汎用化学品に転換する技術も重要になってくると考えています。

そうなってくるとCO2の削減に大きく貢献できますね。

弊社はもともと、CO2を原料にしたPCの製造技術を世界に先駆けて実用化しています。そういう歴史もあり、グリーンケミストリーの研究では世界のトップランナーだという自負があります。

最近読んだ本で、6度目の地球の絶滅期の到来を危惧するものがありました。過去5回の大量絶滅期のうち、4回は地球温暖化が関係しているらしいです。CO2対策は必須ですが、何か製品に取り込んでしまえれば結果的に減らせるわけですね。

自分の領域を見いだせれば、
何かが始まる

最後に、若い研究者に向けてメッセージをお願いします。

技術に精通し、多様性に富んだコミュニケーションを行いながら、意欲的にテーマに立ち向かう自律した創造的研究者を目指してもらいたい。そして、自分がこれまでに培った能力や専門性、感性を大切にして、物事の本質を追求することを習慣にしてほしい。研究に携わるのであれば、常に新しいものを創造していくことが大事だと思います。空想でも妄想でもいい、それを現実につなげていくことを研究者として実践していく。そうすると、新しいアウトプットができるのではないでしょうか。

そのためには、自分が本当にやりたいこと、やるべきことを見つける必要があります。周りの環境によっては、当然制約があります。でも、制約を生かす方法もあると思うんです。たとえ今のテーマがつまらなくても、自分の領域を見いだすことができればそこから何かが始まる。それまでは修行ととらえ、置かれた場所を大切に若い時はがむしゃらに取り組んでほしい。私も20代のころは、触媒というものを一生の仕事にしていいのかとすごく悩みましたが、こうして今も夢を見ながら続けられています。可能性は無限大。自分を信じ、いつまでも夢を持ち続けてほしい。自分の目、化学の目で物事の本質を追究しながら新しい価値を創造し、独創技術で次代を築いていくことを期待しています。

※記事内容は2019年11月時点のものです。

鈴木 賢

鈴木 賢(すずき・けん)

旭化成プリンシパルエキスパート
研究・開発本部 化学・プロセス研究所長

1969年静岡県生まれ。91年信州大学繊維学部精密素材工学科卒業、旭化成工業(現旭化成)入社。博士(工学)。岡山・水島で石油化学分野の触媒・プロセス開発に従事する。2019年から現職。受賞歴は、日本化学会化学技術賞(2014年)、全国発明表彰発明協会会長賞(2015年)、文部科学大臣表彰科学技術賞・開発部門(2019年)など。

竹内 薫

竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業(専攻は科学史・科学哲学)、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻は高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)。科学評論、エッセー、書評、講演、テレビ番組のナビゲーターなどで活躍する。著作、翻訳も多数。