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未来を拓くひら。大志を! Vol.5
サイエンス作家・竹内薫さんが
DX推進役の原田典明さんに聞いた

旭化成、
ものづくりのDX推進へ
いつでもどうぞ、
下地はできている

旭化成、ものづくりのDX推進へいつでもどうぞ、下地はできている

旭化成が掲げる「Care For People、Care for Earth」を具現化するため、最前線のリーダーたちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第5回はDX(デジタルトランスフォーメーション)推進役の原田典明さん。日本のメーカーはデジタル化で後れを取とっているが、同社はDXを積極的に推進し、ビジネスモデルの変革、新規事業の創出につなげようとしている。旭化成生産技術本部デジタルイノベーションセンターを率いる原田さんの歩みを振り返りながら、DX化への取り組みについて聞いた。

学生時代からプログラマー
工場のデジタル対応を担う

旭化成に入社する前、学生時代は何を専攻していたのですか。

私は福岡の出身です。九州工業大学で情報工学を専攻し、主にソフトウエアを活用した画像処理技術を研究していました。子供の頃からものづくりに関心があって、戦車のプラモデルづくりに夢中に。高校時代には友人の影響でプログラムを始めました。

そもそも旭化成を就職先に選んだ理由は何だったのですか。

当時の旭化成は磁気共鳴断層診断装置(MRI)事業を手掛けていました。学生時代に画像処理を研究していたので、MRI開発に携わりたいと採用面接を受けたら、人事の方は「じゃ、厚木(神奈川県)へ行ってみたら」とすぐに実験場を見せてくれた。それで即決しました。ただ、MRI事業は旭化成としては撤退することになり、配属先は延岡(宮崎県)の生産部門での保全担当になったのです。しかし、早々に画像処理技術を活用した工場の検査工程を自動化するプロジェクトに参画できました。その後もERPと呼ぶ基幹業務システムの導入など工場のデジタル対応を進めました。当時情報工学系の人材は少なかったのですが、今は私の部署に約50人いるほか、研究開発系に約50人、生産系のシステム開発に約70人など、他部門でも増えています。

「すぐやる」をプレースタイルに、人との出会いを大切にしてきたと話す原田さん「すぐやる」をプレースタイルに、人との出会いを大切にしてきたと話す原田さん

新しいことにトライできる会社
指示待ち人間はきつい

原田さんが入社した1988年頃から旭化成ではデジタル化が地道に進んでいて、それが今になって爆発的に進み始めたわけですね。今はデジタル人材がどんどん入社してきていますが、旭化成の社風を教えてください。

転職して来た社員に聞くと、風通しのいい会社だと言います。実際、新しいことにトライしやすい雰囲気があり、上司が放任的と思えるほど、何でも任せてくれる環境です。逆に指示待ち人間にはきつい会社かもしれません。

指示待ち人間は、今後AIに取って代わられるという予測もありますね。

私たちの世代は自分で手を動かしてモノをつくる機会が多くありました。今のスマホ世代は、型にはまったものをうまく使いこなせるけど、クリエーティブなものを生み出せるかというと疑問です。私は転職者の採用面接の際に「自分で手を動かし、判断してきたか、誠実に仕事に向き合ってきたか」を問い、採用の基準としています。

自分で考え、判断できる人は自分が好きなことをやってきた人が多い。そんな人は自分を変え、最適化しながら、責任を持った仕事をする人が少なくありませんね。

デジタル化、
素材開発のMIで先行

DXの取り組みはいつから始まりましたか。

表だってスタートしたのは2017年です。当時の経営陣がデジタル化を進めないと欧米企業に負けると危機感を持ち、デジタルイノベーションセンターも18年10月に急きょ立ち上がりました。「さあ、やれ」と言われても難しい面はありますが、私はIoT(モノのインターネット)の経験があり、心構えもあったので、いつでもどうぞという感じでした。研究開発分野でもDX化の下地はできていました。AI技術などを活用して効率的な材料開発を進めるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)では業界で先行し、高い技術レベルにありました。分析機器では大量のデータを収集しますので、効率的に処理するために機械学習を以前から行っています。

現場で個々にデジタルを活用していたことを踏まえ、今、会社全体でDXを推進しようという流れになっているわけですね。外部からデジタル人材も入社しています。

昨年、一番インパクトがあったのが日本IBM役員でCTO(最高技術責任者)だった久世和資(くせ かずし)さんが入社したことです。たたき上げの私たちとは全く別の視点でデジタルの世界を見せてくれています。

デジタル化、素材開発のMIで先行

海外でスマートグラスが効果を発揮
生産性3割向上の現場も

今は新型コロナウイルスで世の中は危機的な状況にありますが、同時にDX化が進んでいますね。

新型コロナのおかげでデジタル化が進んだ面もあります。私たちも一気にクラウドに移行し、リモートワークになり、ウェビナーやユーチューブもどんどん活用しています。旭化成ではスマートグラスを使った海外工場の遠隔支援にも乗り出しました。昨年の緊急事態宣言時に海外にスマートグラスを送り、それを現場の作業者が装着し、日本にいる技術者が遠隔から指示を出す形で危機を乗り越えました。実は2年前から試行していて、当初は「あんなモノ付けて工場を回るのか」と懐疑的だったのですが、大きな効果を発揮しました。

デジタルイノベーションセンターを立ち上げて、なかなか進まず困っていることはありますか。

現場には大量のデータはあるのですが、まだ手書きの紙だったりするケースが少なくありません。急いで電子化しているところです。タブレットやセンサー、IDタグを使い、IoT化を進め、使えるデータにします。実際データを活用できている現場では改善効果が出ています。うまくいっている現場では生産性が3割程度向上しています。

DXで素材モデルの変革を模索
環境問題にも貢献

ものづくりとデジタル化が融合してどんどん進化しています。理想のDXの姿はどんなモノだと考えていますか。

旭化成は住宅、医療などBtoC系の川下の分野も強いのですが、半分近くが川上の素材で構成されています。個々の部門では進んでいますが、DXで素材の事業モデル全体を変えるのは容易ではない。素材は加工して部品になり、自動車などの最終製品になるサプライチェーンの一部なわけです。素材なのだけど、どうすればプラットフォーマーになれるのか。エコシステムの中で、消費者を含めてみんながプラスになる仕組みを考えないといけない。もう一つはサーキュラーエコノミー(循環型経済)対応です。リサイクル原料を使った素材の方が社会的な価値は高まると考えています。この課題解決にもデジタル技術活用は不可欠です。

米政権も変わりましたし、改めて環境問題は世界的に重要なテーマになりますね。

20年に福島県の浪江町に水素プラントが稼働しましたが、これは世界最大級の大型アルカリ水電解システムです。再生可能エネルギーが注目される中、地球環境に優しい水素をいかにうまくつくれるかが問われています。うちはもともと空気と水を合成して電気分解し、窒素と水素を原料にアンモニアの工業生産を開始した会社。このようなものづくりをデジタル技術で後押しし、社会貢献にもつなげていきたいと思います。

プロマネに転身
人との出会いを大切に

DXの推進役になるまで、自分の仕事でうれしかったり、悔しかったりした経験はありますか。

32歳の頃、ERP関連のプロジェクトチームにいる時にショックな出来事がありました。プログラマーとしては社内でトップクラスだという自信がありましたが、有能な技術者だった上司から「ここで勝負しても、俺に勝てないよ」と暗に路線変更を求められたのです。私は他の技術者や顧客と対話し、要件をまとめることが得意だったので、プロジェクトマネジャー(プロマネ)を目指そうと決めました。その上司は一技術者に終わるのではなく、もっと広い視野に立つリーダーになれと言いたかったのでしょう。その後、私はエンジニアリング技術や生産管理システムを外部の顧客に売るビジネスも経験し、事業責任者も務めました。悔しい思いをしましたが、それが現在に至る転機となりました。

チームワークに助けられた経験も忘れられません。11年の東日本大震災の後、夏場に深刻な電力不足に陥った時のことです。政府の方針を受け、旭化成も各拠点の電力状況モニタリングが必須になりました。システム構築の指示を受けたのが5月の連休明けであったため、急いで電気や制御、情報関連のプロ約20人を集めてチームをつくり、対象となる11拠点を調査し、現場ごとに最適な仕組みを設計・構築しました。この間ウェブで毎日会議をし、1カ月強で現地への導入が完了、電力使用制限の始まった7月1日までに間に合いました。これ以外にも多くの仕事でチームワークの大切さを感じています。

最後に若い世代へのメッセージをお願いします。

自分が今やっている仕事の価値を十分に理解していない人もいるかもしれませんが、とりあえず一生懸命にやり抜くことが大事だと考えています。必要なら仕事のやり方はどんどん変えればいい。私は「すぐやる」をプレースタイルとしています。人との出会いも大切にした方がいいですね。

旭化成という会社には、研究者以外にも優秀な人材がたくさんいると改めて実感しました。デジタルイノベーションセンターの成功、大いに期待しています。

※記事内容は2021年1月時点のものです。

原田 典明

原田 典明(はらだ・のりあき)

旭化成デジタルイノベーションセンター長

1988年九州工業大学卒業(専攻は情報工学)、同年旭化成工業株式会社(現 旭化成)入社。入社後は、画像センシングシステム開発、Y2K対応として旭化成のERP導入プロジェクトでSAP、R/3生産管理モジュール構築を担当。その後、工場MES、生産管理システム、計画最適化システムなどの開発および導入に参画。

竹内 薫

竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業(専攻は科学史・科学哲学)、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻は高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)。科学評論、エッセー、書評、講演、テレビ番組のナビゲーターなどで活躍する。著作、翻訳も多数。