AsahiKASEI

未来を拓くひら。大志を! Vol.8
サイエンス作家・竹内薫さんが
「グリーン水素」事業に踏み出す植竹伸子さんに聞いた

電子材料から
カーボンニュートラルの世界へ
積み重ねたキャリア生かし
 未知の領域に挑む

電子材料からカーボンニュートラルの世界へ 積み重ねたキャリア生かし 未知の領域に挑む

旭化成が掲げる「Care for People、Care for Earth」を具現化するため、最前線のリーダーたちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第8回は、脱炭素社会実現に向けて新たな事業を創出するため、2021年4月に発足した社長直轄の新組織「グリーンソリューションプロジェクト」の副プロジェクト長、植竹伸子さんだ。電子材料の事業責任者からカーボンニュートラルの世界へ。全くの畑違いと戸惑いながら、未知の領域に挑む植竹さんにこれまでのキャリアや次世代事業などについて聞いた

男女雇用機会均等法の翌年入社
「お茶くみ」改革も懐かしい思い出

なぜ旭化成に入社しようと思ったのですか。

私が大学新卒で入社した1987年は、男女雇用機会均等法が施行された翌年でした。ただ、女性を総合職として採用する会社は限られていました。そもそも女子学生には求人誌が1冊も送られてこない時代。大学の同級生の男子学生から「旭化成は女性の総合職を採るらしい」という話を聞きました。実際は総合職一歩手前の地域特定専門職としての採用だったのですが、当時大阪にあった旭化成本社を訪ねたら、雰囲気もいいし、面白そうな会社だなと思ったので、入社を決めました。

入社後に女性社員による「お茶くみ業務廃止」を実現したそうですね。

大阪本社の企画部門に配属されましたが、当時その職場では女性社員が朝9時と午後3時、部長など上司や先輩方の好みに合わせて、お茶を入れていました。男女問わず、みんな忙しくしているのに、なぜ女性社員だけがお茶くみをやるのか疑問に感じたので、上司に「給茶機を入れたい」と提案すると、「じゃ、投資提案してみろ」と言われました。何カ所か見積もりを取って投資効果も算定し導入。それが入社して間もない頃、取り組んだ仕事の一つです。いざ導入してみると、自分が飲みたいタイミングで飲みたいものが飲める、と先輩女性だけなく、色んな方から感謝され、その後、他の職場でも導入されていくこととなりました。懐かしい思い出です。

営業時代の難しい商談について「メンバーが大きく成長し、まさにOne teamとして困難を乗り越えて行ってくれたことがうれしかった」とほほ笑みながら振り返る植竹さん営業時代の難しい商談について「メンバーが大きく成長し、まさにOne teamとして困難を乗り越えて行ってくれたことがうれしかった」とほほ笑みながら振り返る植竹さん

顧客から厳しい要求、
チーム一丸で乗り越える

その後、営業・マーケティング部門に移られたのですよね。

大阪の繊維事業から本社への転勤も経験しましたが、入社以来15年間企画などスタッフ部門が長かったので、最前線の営業や工場などの現場業務に挑戦してみたいと思っていたのです。大阪時代にそう上司に求めると、「まだ早い」。東京に来てしばらくたって同じ話をすると、「もう遅い」と言われました。それなら公募留学したいと伝えると、「では、営業をやってみるか」とやっと営業に出してもらえました。2002年から半導体材料のマーケティングの部署に異動し、電子材料の事業部門で働くようになりました。

事業部門でリーダーをしているとき、大きな失敗や挫折、またはそれを乗り越えた経験をしたことはありますか。

電子マテリアル部門の責任者だったとき、大きな商談のチャンスが巡ってきました。ただ、半導体メーカーの顧客の要求水準が非常に厳しい。品質関係などの要求項目が通常の数倍もあったのです。顧客の要求に応えるにはうちの人員も2倍はかかる。品質担当の役員からも「守れない約束はするな」とくぎを刺されました。リスクを冒して責任が取れるのか自問自答しましたが、諦めたくない、乗り越えたいと考えました。「一歩踏み出そう」と話すと、チームが一丸となって過酷な交渉をやり抜いて最終的に採用され、優秀サプライヤー賞までもらいました。賞をもらったこともですが、この経験を通じてメンバーが大きく成長し、まさに「One team」として困難を乗り越えて行ってくれたことがうれしかったです。

福島県浪江町に
世界最大級のアルカリ水電解装置

リスクを冒してチャレンジすると、チームメンバーも大きく成長します。今、脱炭素社会の実現に向けた新しいプロジェクトに挑んでいるそうですね。

まさに青天霹靂(へきれき)の人事でした。カーボンニュートラルについて知識がある訳でもない私がチームのリーダーに指名され、会社は何を考えているのかと思ったほどです。しかし、チームメンバーのモチベーションが高く、私も意識が変わりました。電子材料の事業部門は千人規模の大部隊だったのですが、新組織は正規メンバーが4~5人しかおらず、研究開発など他部門や外部企業と連携しながら、プロジェクトを進めています。脱炭素社会の実現に向けて、共創型の事業をつくろうという非常にやりがいのある仕事で、若いメンバーのモチベーションの高さに日々刺激を受けています。

私はインターナショナルスクールを運営していますが、子どもの方が環境問題に真剣ですね。私の娘も将来は「環境活動家」になりたいと言っています。地球温暖化が進んでいますが、大半の科学者も破滅的な未来を予測しています。旭化成はどのようなアプローチで脱炭素社会に貢献したいと考えているのですか。

メインは環境に優しい水素の製造ですが、発電所や工場などから出る二酸化炭素の分離・回収、脱石化を目指すグリーンケミカルなど3つの事業化を計画しています。まずは二酸化炭素を排出せずにつくる「グリーン水素」を安価で大量につくるための研究開発を進めています。これは太陽光などの再生可能エネルギーにより弊社が開発したアルカリ水電解装置を活用してグリーン水素をつくるという試みです。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の事業として、福島県浪江町に世界最大級のアルカリ水電解装置を設置し、水素製造の実証実験を行っています。

福島県浪江町に世界最大級のアルカリ水電解装置

2025年には事業化し、
30年には主力事業に育成

水素は国際的に注目されています。低コストで水素をつくる技術を持っているわけですね。

まだ実証段階で、耐久性など課題もありますが、今後はアルカリ水電解装置の大型化などの技術開発を進めます。次にグリーン水素を活用したアンモニアなどの基礎化学品の合成の実証を、日揮ホールディングスとも一緒になって進めます。旭化成が水素を提供し、アンモニアなどのグリーンケミカルをつくるのです。アンモニア自体も今注目のクリーンなエネルギー源です。

水素社会はいつごろ実現するのでしょうか。

旭化成では2025年には事業化し、30年には主力事業に育成したいと考えています。水素事業は様々なパートナーと手を組み、グローバルなサプライチェーンでの展開を想定しています。海外のコストの安い再エネの大規模拠点で水素をつくり、液体水素やMCH(メチルシクロヘキサン)、あるいはアンモニアをキャリアとして、日本などアジアに運んでくることも考えています。水素インフラ整備では欧州が先行しています。海外勢に後れを取らないように事業開発や市場開拓を進める考えです。

水素はためられるし、もちろん環境にいい。水素と言えば、日本では燃料電池車が注目されましたね。

一般の乗用車であれば、EV(電気自動車)の方が普及するかもしれません。しかし、トラックやバスなど大量のエネルギーが必要な大型車両や船舶、航空機など運輸部門では、水素は有効だと思います。地域にも水素ステーションが徐々に整備されるでしょう。

風通しのいい会社
臆せずチャレンジを

企画から営業、そして脱炭素の新規事業と歩んできて、旭化成らしさとは何だと思いますか。

自由にモノが言える、風通しのいい会社だと思います。異分子を受け入れる土壌があります。今思えば、私自身がそうでしたし、色んな個性の持ち主が楽しく仕事できる会社ですね。ただ、女性活用などダイバーシティー(多様性)に取り組む姿勢がもうひと息だと感じています。ベテランと若手の間にもまだ乖離(かいり)がある。そこで今、ダイバーシティー推進の活動にも参加しており、みんなが輝く会社に変えていきたいと考えています。

私の父が勤めていた会社は風通しが悪かった。正月に上司の自宅にあいさつに出向かないと出世に響くようなムードがありました。旭化成は違いますね。最後に若い世代へのメッセージをお願いします。

自分で常になぜを問い、考え抜いて仕事にあたることが大事だと思います。臆せず、チャレンジしてほしいですね。旭化成には挑戦を支えるDNAがあります。私も色々な職場を経験しました。自分に経験が無い業務のマネジメントを任され、自分に何ができるのかと落ち込んだことも何度もあります。不慣れな職場に行くこともありますが、自分に合わないと腐ったりする必要はありません。常に前を向いて、何ができるかを考えて行動すれば、後でプラスになると思います。

そうですね。ピンチがチャンスだったりする場合もある。「後になると理解できる」ということは往々にしてありますね。企画部門から営業部門を経て今は新規プロジェクトの副プロジェクト長と、常に自ら考え新たな一歩を踏み出して多様な仕事に挑んできた植竹さんは、とても魅力的なキャリアを重ねてこられたのではないでしょうか。今後のご活躍を期待しています。

※記事内容は2022年1月時点のものです。

植竹 伸子

植竹 伸子(うえたけ・のぶこ)

旭化成株式会社 上席理事
グリーンソリューションプロジェクト 副プロジェクト長

1987年京都大学法学部卒業、旭化成工業株式会社(現・旭化成)入社。大阪の繊維企画管理部企画担当に。90年東京へ異動。2002年半導体材料マーケティング部で営業職に。12年旭化成イーマテリアルズ企画管理部戦略企画グループ長、19年電子・機能製品事業部長などを経て、21年から現職。

竹内 薫

竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業(専攻は科学史・科学哲学)、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻は高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)。科学評論、エッセー、書評、講演、テレビ番組のナビゲーターなどで活躍する。著作、翻訳も多数。