AsahiKASEI

未来を拓くひら。大志を! Vol.9
サイエンス作家・竹内薫さんが
CVCの仕掛け人・森下隆さんに聞いた

ベンチャーの海外投資・
協業で成果上げる
確かな技術を
ビジネスへと導く

ベンチャーの海外投資・協業で成果上げる 確かな技術をビジネスへと導く

旭化成が掲げる「Care for People、Care for Earth」を具現化するため、最前線のリーダーたちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第9回は、国内外のベンチャー企業に投資するコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を運営する旭化成アメリカ CVC室長の森下隆さん。日本企業が海外のベンチャー投資で成果を出すのは至難の業。だが、CVCを自ら仕掛け、欧米の投資・買収案件を数多く手がけ、旭化成の新規事業開発にも寄与している。

半導体の研究員として
カリフォルニアに留学

森下さんは東京工業大学大学院で化学工学を専攻されていました。なぜ旭化成に入社したのですか。

当時の東工大は男子校みたいな大学。黙々と勉強する学生が多いなか、私は趣味の鉄道に乗るなど好きなことばかりやっていました。「乗り鉄」だったんですよ。研究室の先輩は大手電機メーカー、化学メーカーに入る人が多かったのですが、当時の旭化成には先輩がいなかったため、その方が自由にやれそうだなと思った次第です。入社した1986年は売り手市場。面接に行って、即採用だったと思います。しかし、研究室の先生が、君の10年後の後輩たちはなかなか受からないと嘆いていたので、今思えばラッキーでしたね。

入社後に米カリフォルニアに留学されたそうですね。暖かいし、最先端のテクノロジーを学べる場ですね。

入社して半導体の研究開発部門で働いていましたが、学生時代から米国に憧れていたこともあり、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学に92年から2年間、客員研究員として留学させてもらいました。大学はサンタモニカに近く、明るく華やかなイメージで当時は多様な留学生も受け入れており、研究水準もどんどん上がっていました。

社内外で認められるプロになることが大事。「就職する」ことは「就社する」ことではありません。と若い人へメッセージ社内外で認められるプロになることが大事。「就職する」ことは「就社する」ことではありません。と若い人へメッセージ

ベンチャー協業は面白い、
米シリコンバレーに単身

半導体分野で博士号まで持つ研究員だったそうですが、なぜCVCの事業責任者に転身したのですか。

留学後、95年からサンディエゴの半導体ベンチャー、ベレグリンセミコンダクターとの提携案件に5年間携わりました。そこでベンチャーは面白いと思ったからです。米国は大学で基礎研究を担い、ベンチャーで事業開発し、それを大手企業と組んでビジネスを拡大するといった役割分担がうまくできています。技術のマネタイズ化のプロセスが確立しています。日本企業が一番苦手なところですが、ベンチャーと協業し、新規事業を開発することは、旭化成にも必要になると思ったのです。

それでCVCをつくろうと考えたわけですか。

会社側もベンチャーなど外部企業と手を組むことに関心を示してくれました。旭化成は石油化学や素材、住宅、医療など事業を多角化していましたが、ベンチャーと組んで相乗効果が出やすいのはやはり電子デバイス部門でした。それで2001年に米シリコンバレーに単身赴任して、CVCの調査を始めました。

CVC設立をあきらめず、
7年待ち経営陣に直談判

その直後にITバブルがはじけました。どうなりましたか。

日本の電機大手は、米国にCVCを設立してどんどん投資していましたが、百億円単位の損失を計上する企業もあり、大半の日本企業は撤退しました。米国でのベンチャー投資、CVCの運営は難しいと痛感しました。それで一度帰国して研究開発部門に戻ったのです。しかし、あきらめる気はありませんでした。7年間、研究開発部門にいながら、ベンチャーとの協業という方向性に問題はない、要はやり方だと考えながらチャンスを待ちました。

タイミングを見て、CVC設立を直談判して予算を獲得したのですか。

タイミングもですが、当時の職場環境にも恵まれたのかもしれません。ベンチャーとの協業に理解のあった上司は、運良く経営企画室の責任者も兼ねていました。当時の社長にも直接説明しましたが、半導体部門出身だったことも奏功したのかもしれません。小規模ですが、3年で合計10億円の予算を獲得して、08年にCVCを設立することになりました。

私の大学時代の同級生に経営コンサルタントの冨山和彦(経営共創基盤グループ会長)さんがいます。彼は「まず小さく産んで、大きく育てる」のが事業成功の秘訣だとよく話しています。

確かにそうだと思います。打ち上げ花火など上げてもしかたがない。まず小さく始めて、徐々に成果を出す。エビデンス(科学的根拠)を示して、周りの理解を得ながら、投資規模も拡大することが大事だと考えていました。CVCも直近の3年間の投資予算規模は7500万㌦(約86億円)に拡大しました。

CVC設立をあきらめず、7年待ち経営陣に直談判

海外で買収 欧米中に拠点を展開、
ローカル化を推進

海外での買収案件も成果を上げていますね。

10年に出資した米国の光半導体デバイスのベンチャー、クリスタルISを12年に買収しました。この案件は投資のリターンを狙ったものではありません。旭化成の半導体部門に新たなテクノロジーを加えることが目標でした。実際、共同開発を実施して新規のデバイスの販売にもつながり、社内でも高く評価されました。

また、16年にはスウェーデンの環境技術関連ベンチャーのセンスエアABに出資、18年に子会社化しました。地球温暖化防止対策として二酸化炭素モニタリングのガスセンサー市場の立ち上げが見込まれています。センスエアはガスセンサーの優れた技術を持っており、旭化成エレクトロニクスと共同開発を実施、新市場開拓につながりました。いずれの案件もまず出資して、共同開発を実施、成果があると判断できれば買収しています。ほかにも出資先が上場して、財務面のリターンを得たケースもあります。新技術の取得と収益面のバランスをとりながら、投資を拡大しています。

日本企業は海外でのベンチャー投資で失敗するケースが多いのですが、旭化成はなぜうまくいったのでしょうか。

ベンチャー投資は10社中1社うまくいけばいい方です。我々も精算や減損処理などに追われることはあります。旭化成には様々な技術者がいて、ベンチャー側のテクノロジーを深く理解し、技術責任者とも打ち解けやすい。技術の目利き力があるのが大きな強みです。ただ、実際の投資には冷徹な判断も必要なので、現地のプロに任せてかなりローカル化しています。CVCは東京で立ち上げましたが、11年には本場のシリコンバレーに拠点を移しました。さらにボストン、そして19年には欧州のドイツ、20年に中国・上海と拠点を展開し、これまで30社以上のベンチャーに出資しています。実は再び東京に拠点を新設しようと考えています。現在日本では再生医療関連ベンチャーなど2社に出資していますが、国内でもスタートアップ企業が急増しており、まだバリューは割安なので今がチャンスだと思っています。

旭化成は「さん」付け文化
多様な人材と技術が強み

日本の大企業はベンチャー投資のタイミングで遅れがちですね。

世界には投資マネーがあふれています。本社に一々諮っていては、投資のタイミングを逸する懸念があります。そこで投資判断の意思決定をCVCに権限委譲してもらいました。欧米の大手VCは巨大なマネーを動かす力があり、人脈のネットワークもあります。有望なベンチャーに優秀な経営人材を紹介することもできます。一方、旭化成には多様な人材や技術があります。うちと組めば、技術や品質面でサポートでき、新たな市場開拓につながるわけです。半導体技術まで持っている化学メーカーなんて世界にはない。ここが旭化成の持ち味ですね。

旭化成はどんな社風だと思いますか。

多様な人材がいるので、自由度が高く、フランクな会社だと思います。昔から「さん」付け文化なのです。役職ヒエラルキーをあまり感じることもなく、社長も「さん」で呼んでいます。旭化成には様々な事業があるので、ちょっと変わっているなと感じる人もいますが、意外とすごい人材だったりしますね。

多様性は重要ですね。

実は米国の大手VCは多様性で遅れたりしています。トップ陣が皆白人の男性だというVCもありました。しかし、今は世界中のどこからでもイノベーションを起こせる時代。サステナブル社会を実現するためにはマイノリティーや女性の視点も不可欠になります。投資を含めて今後仕事をしていく上で多様性は非常に大切です。

置かれた場所でベストを尽くせば、
好機は来る

旭化成で働いて良かったこと、一方で悔しいと思ったことはありますか。

シリコンバレーに拠点を構えたときは達成感を覚えました。小さな部屋でしたが、やっと形が作れたと。しかし、私の思いでできたという以上に、周りの人がサポートしてくれたおかげだと感謝しました。悔しかったことは、入社のときから研究開発、新事業開発しかやっていなかったので、過去に営業や生産など現場の人から「研究開発部門の人は世の中がよく分かっていない」と言われたことかな。私は投資事業もOJTにより現場で学んできたので、これは違うなと思いました。

企業人には何が大切でしょうか。若い世代にメッセージをお願いします。

社内外で認められるプロになることが大事だと思います。自分の専門分野を決めて、そこに必要な能力やスキルを磨くことがいいでしょう。就職するということは就社することではありません。自分のキャリアを意識した会社生活を送ってほしいと思います。一方で矛盾すると思うかもしれませんが、置かれた場所でベストを尽くすことも必要です。いつもやりたいことができるわけではない。私もそうでしたが、やりたいことがあれば、長期的な視点で考え、準備をしながらモチベーションを維持することも重要です。真摯に仕事に打ち込んでいれば、必ず助けてくれる人が現れます。

日本の大企業が海外でのベンチャー投資で成果を上げるのは非常に難しい。旭化成のCVCが大きな成果を上げているのは、長期的な視点を持ったリーダーが存在し、多様な人材や技術があるからだということが分かりました。今後のご活躍を期待しています。

※記事内容は2022年2月時点のものです。

森下 隆

森下 隆(もりした・たかし)

旭化成アメリカ CVC室長 プリンシパルエキスパート

1986年東京工業大学大学院化学工学科修了、旭化成工業株式会社(現・旭化成)入社。技術研究所でデバイスの研究開発に従事。92年米南カリフォルニア大学に留学。2001年米シリコンバレーに駐在しCVCについて調査。08年新事業開発室CVC室発足と同時に室長に。11年から現職。

竹内 薫

竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業(専攻は科学史・科学哲学)、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻は高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)。科学評論、エッセー、書評、講演、テレビ番組のナビゲーターなどで活躍する。著作、翻訳も多数。