Twitter Facebook

マーケティングDXの落とし穴
カギを握るデータ連携

デジタルマーケティングの明日(4)

Nexal社長 上島千鶴

フォト:庭山一郎

Nexal社長 上島千鶴社長

新型コロナウイルスがもたらした「新常態(ニューノーマル)」。そして同時に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)。事業を取り巻く環境の劇的な変化に企業はどう立ち向かえばいいのか。日本経済新聞社が新設する「NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード」の審査委員に、これからの取引先との向き合い方や企業の在り方について聞いた。最終回はNexal(ネクサル、東京・港)の上島千鶴社長。

――新型コロナはBtoB(企業間取引)マーケティングにどのような変化をもたらしましたか。

「コロナの影響で対面営業や展示会が行えなくなり、デジタルシフトの重要性は増しています。ただ、後押ししているのはIT化であり、マーケティングのDXを進めるにあたっては、マーケティングを自社向けに翻訳、定義できていない企業が多いのが実態です」

「BtoBにおけるマーケティングは大きく2つの役割があります。一つはブランドビルディング、いわゆるコーポレートやソリューションブランディング領域で、広報宣伝部門がステークホルダー(利害関係者)に対してメッセージを発信していくもの。もう一つはCRB(カスタマー・リレーションシップ・ビルディング、顧客との関係構築)のマーケティングコミュニケーション領域。いわゆるデマンドジェネレーション(商談機会の創出活動)で、こちらは事業部の領域となります」

――上島さんはマーケティング組織を5つの世代に分類しています。

「マーケティングとしての機能が社内各部署に分散している状態が第1世代、機能は集約したが戦略がない状態を第2世代としています。多くの企業がこの段階にあたります。第2世代から、マーケティング活動が受注や事業にどの程度貢献したのか数字で把握できる第3世代へ進むにあたって、2つの道筋があると考えています。ひとつはウェブ担当者がデジタルからビジネスのマーケターに展開していくもの。今までの成功モデルでは最も多いケースです。もう一つは、営業出身者をマーケティング部門に配置するというものです。ここ1年、2年、特に中堅メーカーなどでみられる傾向で、古い体質の企業もやっと動き始めたと感じています」

フォト:BtoBマーケッティング組織5世代モデル

――現場も経営も意識が大きく変わってきたのですね。

「第1世代はDXではなく単なるIT化レベルですが、随分進んできたと思います。また、必ずしも第1世代、第2世代と段階を踏んで進むとは限りません。例えば部品メーカーなど、商売相手(顧客)が誰なのかはっきり見えているような企業であれば、いきなり第4世代へ進み、既存顧客を深掘りするためにデジタル接点をどう活用するかという戦略を取ることもできるでしょう」

「第4世代になると、新規顧客の開拓から契約に至るファネル(漏斗、見込み客を顧客に変える購買プロセス)から、契約を起点に既存顧客の維持・拡大をはかる逆さファネル、さらにそこから既に取引のある部門以外の新しい『個客』からの引き合い(カスタマーリード)につなげるというダブルファネル型のモデルになります。第4世代以降は、データ連携や基盤構築が必要になることから、DXの一環で全社的な取り組みになることが多いです」

求められるデータ連携の深化

――組織が進化するにつれてデータの連携が重要になります。

「そうですね。第1世代や第2世代であれば、リード情報を管理するリードデータベースやマーケティングオートメーション(MA、マーケティング活動の支援システム)で十分でしょう。しかし第3世代では、マーケティング部門が獲得したリード情報を営業部門へ引き継ぐために、顧客情報管理(CRM)システムの連携が必要になります」

「さらに第4世代になると、既存顧客の維持・拡大、すなわちサポートやメンテナンスまでカバーするため、修理データやあらゆるモノがネットにつながる『IoT』データをどう予測モデルやマーケティングとして活用するのか問われてきます。顧客に負荷をかけないような、企業の意思決定に関わる『個人』に適切な『体験』を提供するABX(アカウント・ベースド・エクスペリエンス)をいかにスムーズに提供できるかなど、先を考えている企業はCRMデータや統合基幹業務システム(ERP)データのID連携をすでに検討しています」

「第4世代の企業には、ターゲットアカウント(標的とする企業)からの売り上げの最大化をはかるABM(アカウント・ベースド・マーケティング)をやりたいと考える会社も多く見受けられます。しかしABMはデータがどう連携できているかが全てです。マーケティング部門と営業部門でデータをつなげられなければ実現できませんし、ビジョンや理想は高くても現実には手を付けられていない企業は多く見受けられます」

全体を理解している人材が不足

――何がデータ連携を妨げる要因となっているのでしょうか。

「社内のシステム全体を理解している人が極めて限られていることです。何を実現するのかビジョンはマーケティング部門で描けても、データ同士の連携構造を理解できる人が少ないのです。例えば、データ連携といったときにシステム部門の方はデータを管理することに主眼に置くため、セキュリティー重視のデータストック型の箱をつくろうとします。しかしマーケティング部門では顧客とのリアルタイムコミュニケーションを第一に考えるので、データフロー型を志向します。そういう発想の違いからして、データ連携は難しいものだと感じています」

「また、プロジェクトを進めるうえで、関係する各部門のゴール意識合わせや連携が不可欠です。組織のトップ同士、役員クラスの合意が必要になるでしょう。これが欠けると、プロジェクトが途中で頓挫しかねません」

フォト:上島千鶴

上島千鶴 Nexal社長 東京電機大卒、1996年トランスコスモス入社。人事、営業、事業企画開発部門に従事した後、2004年外資ITの国内営業統括責任者を担う。07年Nexal設立。事業戦略からマーケティングを再定義し、デジタル接点やデータを利活用した数多くのマーケティングDXプロジェクトに関与している。法人営業デジタル化協会代表理事。

――今後、マーケティングと営業領域を円滑に展開する上で特に注意すべきことは何ですか。

「今後、全ての商談がオンラインに移行するは思いません。販売方法がパターン化できる単品商売や小口取引、ソフトウエアをクラウド経由で提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)サービス系は自動化やオンラインなど、人が直接介在しない方法も構築できます。しかし、複数の組織に意思決定がまたがるソリューションや新規取引提案、顧客の維持拡大などは、デジタル接点やデータをセンサーとして使うことが重要になってくるだろうと考えています」

コンテンツの重み増す

「相手が誰か関係なく一方的にメールを送るという通り一遍の考え方ではなく、どのような取引企業の誰と、どのようなコミュニケーションをどう行うのか、対象やタイミング・連携方法など、事前のシナリオ設計(5W1H1G=Who、Why、What、When、Where、How、Goal)をしておかないと成果は出ません」

「先進企業には、オンラインデジタルの足跡データや、対面営業活動の即時データ、IoTデータなどから機械学習(マシンラーニング)でパターン化し、顧客の行動を予測するモデルをつくっているところもあります。ただし、オンラインデジタルの足跡を残してもらうには、コンテンツがなければ足跡も残りません。ですので、見込み客の潜在的なニーズをすくい上げるようなコンテンツをオンライン上に用意することが不可欠です。この分野に関してはBtoBでもこれから需要が増えるだろうと見ています」

=この項おわり

(平片均也)

TOP