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変容する営業シナリオ
リモートで欠けた情報を見直せ

デジタルマーケティングの明日(3)

トライベック・ストラテジー社長 後藤洋

フォト:後藤洋

トライベック・ストラテジーの後藤洋社長

新型コロナウイルスがもたらした「新常態(ニューノーマル)」。そして同時に進むデジタルトランスフォーメーション(DX)。事業を取り巻く環境の劇的な変化に企業はどう立ち向かえばいいのか。日本経済新聞社が新設する「NIKKEI BtoBデジタルマーケティングアワード」の審査委員に、これからの取引先との向き合い方や企業の在り方について聞いた。第4回はトライベック・ストラテジー(2020年9月1日付で「トライベック」に社名変更)、東京・港)の後藤洋社長。

――新型コロナウイルスで企業活動のデジタル化が加速しています。

「私たちがBtoB(企業間取引)マーケティングで重要視しているのは、いわゆる『シナリオ』(見込み客の獲得から製品サービスの利用・購入に至るまでの『文脈』)です。これは企業ごとに異なります。もう一つはユーザーの声。その企業に対して求める顧客の声を正しく把握できているかどうかが大切です。この2点はマーケティングを語る上で絶対的に重要だと思っています」

「コロナ禍はある種の社会現象で、大きな価値観の変化をもたらしています。一言でいうなら『日常的にリスクを感じるようになった』ということです。少し前までは日常生活でリスクを感じながら生きるということはほとんどありませんでした」

リスクに対応した新たなビジネススキーム

「新型コロナというリスクへの対応策が非接触、非対面です。これは日常生活に限らず、BtoBビジネスの世界でも同様で、リスクに対応した新たなビジネススキーム(枠組み)を確立させるために、デジタルが欠かすことのできないツールであると認識されるようになりました」

――営業活動のオンライン化で、企業に意識の変化はみられますか。

「企業がオンラインをどのように考えるかはBtoBとBtoC(消費者向け取引)で大きく異なります。当社が主要198サイトを対象に実施した『BtoBサイト調査 2020』では、サイトの売り上げ貢献度を示す『サイト効果』はBtoBでは28.1%と、BtoCの8.5%を大きく上回りました。つまり、BtoBではオンラインがいまや主流なのです。営業のリモート化といっても、今までオフラインだった対面の営業がオンラインになっただけで、実はその前段階、検討のプロセスでのデジタルの重要性はあまり変わっていないように思います」

――BtoBサイトのコンテンツで注意すべき点は何でしょう。

「前述の調査での結果でも明らかですが、BtoBで潜在的顧客が必要とする製品やサービスを調べる際の情報源として何を重視しているかというと、営業員・技術員の対面による説明を大きく上回り、企業サイトがトップです。すでに検討のプロセスで、コンテンツを含むサイトは重要な位置を占めているといえます」

「大切なのは、自社が保有する情報コンテンツを把握し、自社の顧客や潜在的顧客が持つニーズをどれだけ満たせているのかを理解し、さらに満たせていないギャップを埋めるためのコンテンツを用意できているか否かです。見た目も派手で素晴らしいコンテンツがたくさんあればいいというわけではなく、ピンポイントで顧客のニーズに応じることができるコンテンツの有無が、非常に重要になります」

――どうすれば顧客の声を拾い上げることができますか。

「マーケティングリサーチやユーザーの行動解析ツール(MA、マーケティング活動の支援システムなど)をどのように活用するかだと思います。例えばアクセス解析は目的ではなく、ユーザーニーズを知るための手段です。サイト訪問者が何に興味を持っているのか、どう満足しているのか、ということを知るために解析が必要なのです」

「こうしたツールはあくまで相手を知る一つの手段であって、顧客のニーズを満たすためにどう活用するか――。そうした発想を起点として『ベターシナリオ』を描いている企業と、ただコンバージョンなどのゴールありきの直線的で一方通行的な企業目線の『ベストシナリオ』を描いているところでは全く結果が異なってきます」

――シナリオづくりでは何を注意すべきでしょうか。

「ユーザーニーズはとても複雑です。ですから遠回りと思えるものも含めて、ユーザーの実態に即したシナリオづくりが大切です。一見すると無駄と思われるコミュニケーションが、実は顧客の満足度向上につながっていたということもあるでしょう。サイト閲覧を購買などの行動に転換する『コンバージョン』ばかりを追うと、どうしてもシナリオが直線的になってしまいがちです」

「コールド」から「ホット」に変えるコンテンツ

「最も大切なことは、サイトを訪れたユーザーの質をいかに高めていくかです。訪問者をナーチャリング(見込み客の育成)するなかで、いかに『コールドスタンバイ』から『ホットスタンバイ』に変えるか。そのためにコンテンツが存在しているのです」

「基本的にマーケティングのアセットはシナリオでありストーリーだと思います。企業と顧客がどのようなストーリーを紡ぎ、何をゴールとするのかが大切です。見込み客を獲得するための『リードジェネレーション』から、見込み客の態度をコールドからウオームにして、ホットスタンバイにしてクロージングするまでを、『パイプライン』(案件化してから受注、納品するまでのプロセス)で見ていく必要があると思いますし、こういう区分けのなかでどのようなKPI(成果指標)を設けるかが非常に大切だと思います」

――コロナ禍でデジタルの位置づけはどう変わりますか。

「マーケティングコミュニケーション全体のなかで、デジタルにどのような役割を求めるのかが決まっていなければ、おそらくデジタル上のコミュニケーションもオウンドメディア(自社メディア)のコンテンツの展開もうまく絵図を描けません。オンラインだけでなくてオフラインも含めた全体のマーケティングコミュニケーションのなかで、デジタルに何を補完させるかというところが大事だと思います」

リモートで欠損した情報をどう補完するか

「社会が変わるということは企業と顧客との間にあるシナリオ、つまり文脈が変わってくることだと考えます。これまでのシナリオやストーリーではフィットしなくなってきます。ウィズコロナ、アフターコロナを見据えたシナリオづくりの再考というか、ストーリーづくりをもう一度考え直す必要があるのだろうと思います」

「具体的には、対面営業がリモートになることで、欠けてしまう情報があるはずです。顧客がニコニコ聞いていたとか、反応が良かったとか。そうしたコミュニケーションの欠損をどう埋めるか。そういう発想で、ウィズコロナ、アフターコロナにおける営業シナリオを考え直す必要があると考えます。問い合わせ対応の際、一つ質問を加えるなど、一見するとノイズになるようなコンテンツだとしても、相手のニーズを満たすことに役立つのであれば、求められるアクションであるといえます。これからの新しいBtoBのデジタルマーケティングとしては重要かなと思います」

フォト:後藤洋

後藤洋 トライベック・ストラテジー社長 慶大卒、2001年ソフトバンク入社。新規事業立ち上げのマーケティング全般を担当、2002年トライベック・ストラテジーに。コンサルティング事業を担い、幅広い業界のデジタルマーケティング戦略、オウンドメディア戦略などに多数従事。CXコンソーシアム代表幹事。

――デジタルの役割はかなり大きくなりますね。

「大きくなりますが、よりヒューマニティーというか、より人の心を分かるようなコミュニケーションがデジタルに求められると思います。デジタル技術で便利になるというよりは、ひと手間あるけどすごく親切、という感じをどうやってデジタルで表現するかですね。私はこちらの方が重要になってくるのではないかと感じています。コンバージョン至上主義はもうやめた方がいいでしょう。サイト内の回遊など、サイト内の行動の質を上げていくことが非常に大事だと考えます」

「新型コロナも含めて、価値観のパラダイムシフトが起きているのですから、これまでの成功体験をベースにして考えるより、ゼロリセットして、顧客とのコミュニケーションを再考してみることが求められています。企業目線ではなくユーザー目線で、従来とは正反対の視点から見つめ直すことが大切だと思います」

(平片均也)

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