提供:阪大微生物病研究会
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アフターコロナ時代も見据え、企業は感染症リスクにどう対処すべきか/日経・FT感染症会議 感染症対策オンラインセミナーレビュー

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中に大きな厄災をもたらした一方、企業の感染症への取り組み方について改めて見つめ直す契機にもなっている。2021年9月13日に開催された「日経・FT感染症会議 感染症対策オンラインセミナー~コロナ禍で見えてきた企業の課題と今後の対策~」では、リスクマネジメントに詳しいミネルヴァベリタス 顧問の本田茂樹氏と、感染症の専門医である川崎医科大学 小児科学 教授の中野貴司氏による基調講演、そして実際に企業でCOVID-19の感染対策にあたっているディップ 執行役員 鬼頭伸彰氏を加えた3人によるパネルディスカッションが行われた。その内容を紹介していく。
01.基調講演 企業の新型コロナウイルス感染症対策とリスクマネジメント

「知識のワクチン」を備えた正しいリスクマネジメントが必要

吉田氏
ミネルヴァベリタス株式会社 顧問/
信州大学 特任教授
本田 茂樹
現・三井住友海上火災保険、MS&ADインターリスク総研を経て、現在に至る。リスクマネジメントや危機管理に関するコンサルティング、執筆活動を続ける一方、全国での講演活動も行う。著書に『待ったなし!BCP[事業継続計画]策定と見直しの実務必携』(経団連出版)など。

本田 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染対策については、すでに多くの企業で実施されていると思いますが、感染対策の観点に加え、「リスクマネジメント」の視点からも、企業として検討しておく必要があります。

まず基本として理解しておきたいのは、認識していないことには備えられないという点です。スペイン風邪やSARS(重症急性呼吸器症候群)など、災害レベルでの感染症の流行はこれまでも定期的に起きていますから、今回のCOVID-19が収まったとしても、再び新たな感染症の流行は起こり得ます。この点を認識したうえで、危機管理の一環として感染対策に取り組むことが企業には求められています。

では、企業は具体的にどのような点について押さえておくべきなのか、まずは「感染症を正しく理解し、正しく恐れる」ことです。今回のコロナ禍もそうですが、感染症は発生自体をなくすことはできませんし、その発生時期を事前に予測することもできません。だからこそ企業は、平常時から正しい情報を入手し対策を検討する、そしてインフォデミックを防ぐことが重要なのです。私はこれを「知識のワクチン」と呼んでいます。

次に、「感染対策の基本を徹底する」こと。コロナ禍では、「密」の回避、マスク、手洗い、手指消毒、換気といった個人の感染対策が効果を発揮しました。企業自身もテレワークの推進や環境整備でこれを後押しする必要がありますが、加えて、発熱や咳といった症状がある場合、社員が気兼ねなく休める風土をつくり、全社を挙げて行動変容を目指すことが重要です。

そして最後に「自社のBCP(事業継続計画・Business Continuity Plan)を見直す」ことも必須です。コロナ禍がこのまま続く状況下において、“自然災害が起きれば、それは複合災害となってしまう恐れ”があります。準備は裏切らないという理解のもと、しっかりと対策を立てておく必要があります。

感染防止対策の基本は変わらない

感染防止対策の基本は変わらない
COVID-19で有効だった対策は、他の感染症でも効果があると考えられる。マスク着用や手洗いはもちろんだが、換気の部分では、窓を開けられない高層ビルや、休憩所、更衣室などが盲点になるため、機械換気を有効に使うなどの工夫が必要となってくる。
02.基調講演 企業リスクとなる感染症を知る

アフターコロナを見据えて感染症全般について知っておく

中野氏
川崎医科大学 小児科学 教授
中野 貴司
信州大学医学部卒業後、三重大学医学部小児科に入局。ガーナ共和国野口記念医学研究所、国立病院機構 三重病院を経て、2010年に川崎医科大学 小児科学 教授に就任。厚生労働省の「麻しん排除認定会議」や「日本ポリオ根絶会議」などの委員も務める。

中野 COVID-19は、日本でも変異株の伝播が発生し、2021年6月下旬頃から始まった第5波と呼ばれる感染拡大では、1日の国内新規感染確認が一時は2万5000人を超えるなど、大きな影響を及ぼしています。

変異株については、従来株に比べて感染力や重症化リスクがどう変化するのか、小児感染者数が今後どのように推移するのかといった点に注意が必要ですが、第5波がこれまでと違っていたのは、ワクチンの接種が進んでいたことにあります。今後は、感染対策を継続するほか、ワクチンの効果の持続性や再罹患リスクといった点も見ていく必要があるでしょう。

幸い、第5波は収束に向かっていますが、企業リスクとなる感染症は、COVID-19だけではありません。

感染症を専門とする医師の立場から、COVID-19以外に注意をしておくべき感染症として、まず挙げておきたいのが、麻疹(はしか)と風疹です。麻疹は、世界の感染症の歴史のなかでも死に至る病として恐れられた感染症になります。日本では、1978年にワクチンの定期接種が始まったことで感染者数は激減しましたが、海外出張中に感染して重篤な症状に至った例は、近年でも発生しています。

風疹は、麻疹に比べると症状は軽めですが、脳炎などの合併症を引き起こしたり、妊娠初期の女性が罹患すると先天性風疹症候群児を出産する可能性が高まったりするため、油断はできません。風疹の場合、1962年4月2日から79年4月1日までの間に生まれた男性は一度も風疹ワクチンを接種していないため、この世代の成人を対象とした抗体検査やワクチン接種は無料で行われています。(※1)

特に身近な感染症として挙げられるのがインフルエンザ。COVID-19の感染対策や世界的に人流が制限されたことで、前シーズンはかなり流行が抑えられたものの、今なお世界各地でインフルエンザウイルスは検出されており、アフターコロナの大流行も十分にあり得ます。

これらの感染症は、医療面では早期の診断や治療、個人の感染予防策としてはCOVID-19で効果を発揮した方法が有効ですが、ワクチン接種によってさらに防止効果を高めることができます。少しでも感染症リスクを減らすために、企業として社員のワクチン接種を後押しするような環境を整備することも大切なのではないでしょうか。

※1:『風疹第5期定期接種』
特に抗体保有率が低い、1962年4月2日から79年4月1日までの間に生まれた男性に対し、(1)予防接種法に基づく定期接種の対象とし、3年間、全国で原則無料で定期接種を実施、(2)ワクチンの効率的な活用のため、まずは抗体検査を受けていただくこととし、補正予算等により、全国で原則無料で実施、(3)事業所健診の機会に抗体検査を受けられるようにすることや、夜間・休日の抗体検査・予防接種の実施に向け、体制を整備。

集団免疫の仕組み

集団免疫の仕組み
ワクチン接種による免疫獲得者がウイルスの伝播をブロックすることで感染を抑えるのが集団免疫の仕組みだ。ワクチン接種率が高ければ高いほど効果も大きくなり、基礎疾患や妊娠でワクチンが接種できない人への感染防止にもなる。
03.パネルディスカッション 企業の事例から読み解く、社員の健康を守ることが企業の発展に

感染対策からBCP策定まで企業として非常時に対する準備を

鬼頭氏
ディップ株式会社
執行役員 CHO 人事総務本部長
鬼頭 伸彰
建築設計事務所勤務を経て、リクルートキャリア、OJTソリューションズ、メイテックといった人材関連企業で、人事、研修企画、組織開発コンサルティング、人材開発といった業務に従事。2014年にディップに入社し、現在はCHOと人事総務本部長を兼任する。

住吉 会社全体で、COVID-19への感染症対策を積極的に取り組まれているディップ様では、どのような対策を行っているのでしょうか。

鬼頭 社員の健康と生命が最優先という大前提のもと、スピードと標準化を意識しています。スピードについては、市中感染が広がる前からテレワークや時差出勤を推進したり、デルタ株拡大時には即座にワクチン接種済みの社員証ストラップを発行したりしています。標準化については、社内で対策ルールを決め、厳格に守るほか、適宜最新情報に基づいた改善を行っています。

本田 ルールをつくって満足してしまう企業が多いなか、改善サイクルができているのは素晴らしいと思います。

中野 ワクチンパスポートを活用して社員同士の感染リスクを下げるのは、クラスター対策にもなりますし、企業の業務継続という観点からも有効ですね。

感染症対策の基本=標準化

感染症対策の基本=標準化
標準化したルールはポスターで掲示。社員にルールを守らせるのはもちろん、常に情報を更新して改善を重ね、その都度ポスターを刷新する。その際、ポスターの色を変えるなど、アップデートに気づきやすい工夫を行うことも必要だ。

住吉 本セミナーは、COVID-19だけでなく、感染症全般についても注意喚起を促す狙いがあります。この点についてはいかがですか。

鬼頭 季節性インフルエンザについては、社内に予防接種会場を設けて、病院に行かなくてもワクチン接種が受けられる体制を整えていますね。

中野 素晴らしい取り組みですね。私の講演でも、麻疹や風疹、インフルエンザを取り上げましたが、ワクチン接種で防げる感染症にはワクチンでしっかり対処するというのが、社会にとっても企業にとっても当たり前という認識になることが理想だと思います。

本田 海外出張は特に注意が必要です。狂犬病なども日本ではなくなっていますが、世界的にはいまだリスクがあります。海外出張のある企業なら、正しい情報を集めて知識のレベルアップをしておくべきでしょう。

中野 現地オフィスに滞在するだけなら問題なくても、農業指導のような内容なら蚊が媒介する感染症も想定しなくてはいけません。そういう点でも正しい知識を備えておく必要はありますね。

  • 中野氏
    川崎医科大学
    小児科学 教授
    中野 貴司
  • 吉田氏
    ミネルヴァベリタス株式会社 顧問/
    信州大学 特任教授
    本田 茂樹
住吉氏
フリーアナウンサー/エッセイスト
住吉 美紀
国際基督教大学卒業後、NHKに入局。2007年「第58回NHK紅白歌合戦」総合司会、「プロフェッショナル 仕事の流儀」などを担当した。11年4月からフリー。現在はラジオ番組「Blue Ocean」(TOKYO FM)のパーソナリティなどで幅広く活躍している。

住吉 企業の対策という点では、BCPも重要です。事前アンケートでは36%の企業様が策定しているという結果でした。これから取り掛かる企業が気を付けるポイントはありますか。

本田 私はBCPの相談を受けると、「着眼大局、着手小局」という提案をしています。まずはBCPの全体像を理解し、詳細はできるところから手を付ける、そして少しずつレベルアップする方法です。また、内閣府のガイドラインや中小企業庁のBCPひな形なども参考にするとよいでしょう。

住吉 最後に企業の感染症対策について、メッセージをお願いします。

本田 BCPは、策定した時点がスタートです。近年頻発している自然災害にも使える考え方ですから、定期的に更新をして、常に使える状態にしておきましょう。

中野 COVID-19で定着した感染症対策は、他の感染症にも有効です。また、過去の感染症についても情報をしっかり把握しておくことで、知見を生かせるようにできると良いですね。

鬼頭 ワクチンパスポートについては、少数ですが社内で否定的な意見もありました。ですが、全員としっかり話し合ったことで納得してもらい、信頼関係も強くなりました。情報共有や相互コミュニケーションも重要だと思います。

住吉 いざというときを想定した事前の準備の重要さについて、大きなヒントになったと思います。本日はありがとうございました。

セミナーの様子
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