01 女性の健康支援は
多様性生かす組織風土づくりの一環

小島 玲子氏
小島 玲子
株式会社丸井グループ 取締役 執行役員 CWO 専属産業医
医師、医学博士。大手メーカー専属産業医を約10年務めた後、2011年から丸井グループ専属産業医。14年、健康推進部(現ウェルビーイング推進部)の新設に伴い部長となり、同社の健康経営の推進役となる。19年執行役員、21年取締役CWO(Chief Well-being Officer)。日本で初めて、産業医として上場企業の取締役に就任。21年「フォーブス・ジャパン・ウーマン・アワード個人部門賞」、22年「土屋健三郎記念 産業医学推進賞」を受賞。20年から日経ESG誌にて「ウェルビーイング経営のススメ」を連載中。

近年大変注目されているウェルビーイングという言葉は、世界保健機関(WHO)が定義する「健康」を指し、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」を意味します。丸井グループのように人的資本を重視する企業にとって、ウェルビーイングはますます重要な概念となってきています。

さらに働く女性の健康課題は経営課題でもあります。企業がまず取り組むべき事柄は「働きやすい職場環境」「相談窓口の設置」「リテラシーの向上」の3つに整理されます。ただしこれらは「女性だけ」もしくは「健康だけ」の問題ではなく、組織全体の創造性を高める、多様性を生かす組織風土づくりの一環として取り組むことが肝要です。

当社の特徴的な取り組みとして、全事業所に「女性ウェルネスリーダー」という役割の社員を置いていることが挙げられます。各事業所で1人が任命され、年4回のウェルネスリーダー会議で女性の健康に関する様々な知識を学びます。これにより各事業所では詳しい知識を持つ身近な社員が最初の相談窓口となり、必要に応じて産業医につなぐ体制ができています。会議で学んだウェルネスリーダーは各事業所での共有会を通じ、他の社員たちと知識を共有します。

さらに、社員の希望者による「全社横断Well-being推進プロジェクト」も特徴的な取り組みです。ここでも女性の健康支援に取り組んでおり、22年3月にはフェムテックテナントを誘致したイベントを開催しました。売り上げが目的ではありませんが、家賃収入や新規カード会員数など本業の数字の実績にもつながり、本業と社会貢献の両立をプロジェクトメンバーが実現してくれた事例となりました。

今回紹介した事例のように、社員や事業所の主体性を引き出すということがより良い施策となるポイントなのではないかと考えています。

図版1 ※本セミナーのスライドから作成
女性の健康支援で企業がまず取り組むべき基本事項は「働きやすい職場環境」「相談窓口の設置」「リテラシーの向上」の3点。経営的な視点で多様性を生かす組織風土づくりの一環として取り組むことが重要だ

02 女性はライフステージごとに
ワクチン接種を

多屋 馨子氏
多屋 馨子
神奈川県衛生研究所 所長
1986年大阪大学医学部小児科入職。関連病院の小児科で研修医、研究医、勤務医を務める。94年同微生物学講座助手、96年同小児科学講座助手(現在は助教)を担当。2001年国立感染症研究所感染症情報センター主任研究官、02年感染症情報センター第三室室長、21年感染症疫学センター予防接種総括研究官に就任。22年から現職。

女性のライフステージとワクチンについて、「麻疹(はしか)・風疹」「HPV(ヒトパピローマウイルス)と子宮頸がん」「水痘・帯状疱疹(ほうしん)」の3つのテーマでお話しいたします。

「麻疹」は感染力が強く、重症化すると命に関わる病気です。潜伏期間は10~12日と長く、発熱やせき、眼が赤い等の症状が出てから発疹が出るまでに数日あります。発疹が出る直前にいったん熱が1度程度下がるため、治ったと誤解して行動を起こすことで気づかずに多くの人に感染させる可能性があります。また妊娠中に感染すると、流産や早産のリスクがあります。

「風疹」は麻疹よりは少し軽い病気ですが、発疹が出る1週間前から感染力がある点がこの感染症の厄介なところです。妊娠20週ぐらいまでに感染すると胎児にも感染し、耳や目、心臓に生まれつきハンディキャップのある先天性風疹症候群という病気を赤ちゃんが発症することがあり、特に女性自身が妊娠に気づかない妊娠初期の感染ほど、胎児への影響が大きくなります。

ですから「麻疹・風疹」は妊娠前に、女性は1歳以上で2回のワクチンを受けているかどうかをきちんと記録で確認してください。なおこのワクチンは生ワクチンなので、妊娠中は受けられませんし、女性は摂取したら2カ月間妊娠を避ける必要があります。

また、1962年(昭和37年)4月2日から79年(昭和54年)4月1日の間に生まれた男性の場合、中学校で女子だけが風疹ワクチンを接種していて、自身は接種機会がなかった世代のため抗体保有率が低くなっています。そこで現在は全額公費で風疹の抗体を持っているかどうかの検査と、抗体を持っていなかった場合の麻疹風疹混合ワクチン(風しん第5期定期接種)を受けられる制度があります。2025年3月までの制度なので、周りの妊婦さんへの感染を防ぐためにも、該当する男性がいらっしゃったらぜひ声を掛けてください。

次に「HPVと子宮頸がん」についてです。日本の子宮頸がんの罹患(りかん)率、死亡率は先進国でも高い水準にあり、しかも若年化してきています。07年ごろからHPVワクチンが導入された北米や北欧、オーストラリアなどでは、ワクチンを受けた世代で子宮頸部の前がん病変と子宮頸がんの減少が観察され始めています(※)。日本でも子宮頸がんから見つかったHPVの種類のうち、8~9割をカバーする9価HPVワクチンを23年4月から定期接種の対象とする準備が進んでいます。※国立感染症研究所:9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン ファクトシートより引用

最後に「帯状疱疹」についてですが、帯状疱疹は水ぼうそうと原因ウイルスが同じで、水ぼうそうにかかった人は生涯体の中にウイルスが潜伏感染していて、高齢になったり免疫が抑制されたりすることで、ウイルスが再活性化して帯状疱疹になるリスクがあります。帯状疱疹は50歳を境にかかる人が急激に増えてきます。治療薬はありますが、帯状疱疹発症後に神経痛が残るということもあり、とてもつらい病気です。日本では16年3月から50歳以上を対象に水ぼうそうワクチンを帯状疱疹予防目的で使えるようになりました。ただ免疫抑制剤使用中や免疫不全の人はこの水痘ワクチンは接種できないため、そのような人は乾燥組換え帯状疱疹ワクチンというサブユニットワクチンを接種することが可能です。

また帯状疱疹は水ぼうそうの感染源にもなるため、水ぼうそうの免疫のない方にうつしてしまうことがあることも忘れてはいけません。

図版2 ※国立感染症研究所ホームページ
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/rubella/2019/rubella190731.pdf
から一部改変
1962年4月2日~79年4月1日の間に生まれた男性は子どものころに風疹ワクチンを受けておらず、かかったことがない人が多いため、抗体を持っているかどうかの検査と麻疹風疹混合ワクチンを全額公費で接種できる。今こそ動き出してほしい

03 Well-beingの土台となる
健康人財を育成

青柳 寿枝氏
青柳 寿枝
ロート製薬株式会社 ヘルスサイエンス研究企画部 部長
2000年ロート製薬入社。スキンケア関連の研究開発部門を経て、マーケティング部門である商品企画部へ。その後、ヘルスサイエンス研究企画部にて女性や子どもの健康に関する研究を推進してきた。2020年から現職。

ロート製薬では「Connect for Well-being」という経営ビジョンを掲げています。これはWell-beingな社会を実現していくために、社内外の周りの人たちとつながっていこうということを意味します。

Well-beingの土台の一つとして「健康経営」がありますが、女性の健康に関する取り組みとして女性特有の疾患に対する検診が挙げられます。生活習慣病を中心とした健康診断に加え、希望者は乳がん検診や子宮頸がん検診を自分で選択し、無料で受診できます。また血清フェリチン検査や甲状腺ホルモン検査など、普段の生活の中での体調不良の原因を探る検査も選択対象としています。

検診項目を自分で選ぶためには検査や症状に対する情報が必要です。例えば40代以降の女性に多い甲状腺ホルモンの乱れによる不調は「やる気が出ない」「イライラする」など更年期の症状と非常によく似ているため、「更年期だから仕方がない」と諦めたり我慢したりしてしまうケースがよく見られます。しかし甲状腺疾患のことを知っていれば、甲状腺ホルモン検査を受けるという判断ができます。

こういった情報を得るために当社で行っている取り組みの一つが、社員向けの社内セミナーです。これは専門の先生方や社内のメンバーが対面もしくはオンラインで講演し、質問もできるもので、後からウェブで見ることもできます。社内だけでなく、一般の方々にも雑誌やウェブサイトを通じて健康情報を発信しています。

続いて、感染症対策について2つ紹介します。1つは風疹です。当社は2018年から全社員を対象に無料で抗体検査とワクチン接種を実施しています。もう1つはインフルエンザで、希望する全社員を対象に職場接種を実施しています。働く世代にとって生活動線の中で接種ができる環境づくりが大変重要で、これも企業の健康支援の1つの形ではないかと思います。

当社は今後も、今の社会に必要な健康を考えることのできる「健康人財」が育っていくような企業風土を醸成していきたいと思います。

図版3 ※本セミナーのスライドから作成
ロート製薬では、「今の社会に必要な健康は何か」を自ら考えることのできる人材を「健康人財」と捉え、健康人財が育つ企業風土の醸成を今後の「健康支援」として大切にしていきたいと考えている
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