今月の特選

限りある時間の使い方

『限りある時間の使い方』

  • オリバー・バークマン 著/高橋 璃子 訳
  • かんき出版
  • 2022/06 304p 1,870円(税込)

「生産性」の罠にはまらない 「今」を生きる方法とは

あなたは「忙しさ依存」になっていないだろうか? やることリストを次々こなし、休日はジムに通い、時間の空白を埋めるようにSNS(交流サイト)をチェックする。忙しくないと「時間をムダにしている」気がして落ち着かない……。

そんな方にお勧めするのが、本書『限りある時間の使い方』だ。生産性や効率を追求する考え方を離れ、自分自身の時間を取り戻し、「今を生きる」方法を説く一冊だ。

著者のオリバー・バークマン氏は元英ガーディアン紙の記者で、現在は米有名紙や雑誌に執筆するライターだ。一時、「生産性オタク」となってあらゆる時間管理術を試した末、その考え方の限界に気付いたという。

「何もかも」こなすのは不可能

次々と届くメールは、返信するほど次のメールが届く。頼まれた仕事は、片づけるほど次の仕事を頼まれる。多くのタスクをこなすほど、私たちはさらに忙しくなっていく。

「生産性とは、罠(わな)なのだ」という著者の言葉が突き刺さる。あなたが「目の前の仕事を全部片づけたら本当にやるべきことをやろう」と考えているとしたら、そんな時はいつまでたってもやってこない。つまり、本当にやるべきことには、今すぐとりかかるべきなのだ。

もっとも、人生はそう長くない。限られた時間に、本当にやるべきこととは何なのだろう。「何もかも」こなすのは不可能だが、それは悪いことではない。「これをする」と決めることは、自分がやりたいことを主体的に選び取る行為だからだ。私たちは今、生きていて、他のすべての選択肢を捨て、今から自分がすることを「選ぶ」ことができる。その価値に、あなたは気付けているだろうか。

「今を生きる」ための方法

「生産性」の考え方にとりつかれると、生産性を高めるために休憩し、余暇さえ「有意義に」休もうと考えてしまう。自分の時間を取り戻すためには、「時間を最大限に活用」するという考え方を離れることだ。例えば純粋な趣味は、生産性のアンチテーゼとなる。上達するためではなく、弾きたいから弾くピアノ。好きだからやるサーフィン。「何のためでもない」何かを楽しむ。

著者はまた、自分の時間を生きるために身に付けるべき力やツールを紹介する。あれもこれもやろうと焦る気持ちを抑える「忍耐」は、その力の一つだ。忍耐といえば、じっと耐える受動的な生き方のイメージだ。しかし現代では、急がずにじっと時間をかけ、一つのことに取り組むという意味で、忍耐はむしろ積極的で力強い態度といえる。SNSに惑わされず、心を落ち着けて時間を味わうために、「何もしない練習」をするのもいい。

著者は、ハイデガーの名著『存在と時間』をはじめ、時間の捉え方や生き方について先人の知恵を借りながら、時に哲学的に考察を深めていく。「何かを成し遂げるため」に生きるのではなく、与えられた時間をそのまま楽しむこと。その素晴らしさ、つまり一度きりの人生を味わい尽くす方法を、本書は教えてくれる。

限りある時間の使い方

『限りある時間の使い方』

  • オリバー・バークマン 著/高橋 璃子 訳
  • かんき出版
  • 2022/06 304p 1,870円(税込)
前田 真織

情報工場 エディター 前田 真織

2020年から情報工場エディター。2008年以降、編集プロダクションにて書籍・雑誌・ウェブ媒体の文字コンテンツの企画・取材・執筆・編集に携わる。島根県浜田市出身。

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