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2016年8月の『押さえておきたい良書

Who Gets What

ミスマッチを防ぎ人々を幸福にする、ノーベル賞学者の新手法

『Who Gets What』
 -マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学
アルビン・E・ロス 著
櫻井祐子訳
日本経済新聞出版社
2016/03 320p 2,000円(税別)

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 一般的な商取引の市場においては、「需要」と「供給」のバランスが重視される。そのバランスに応じて価格が決定され、取引が成立することになる。スーパーやコンビニで食料品を買うようなケースだ。
 しかし、そうした原則が当てはまらないケースも多い。たとえば大学進学。志願者は入学したい大学を選択する。これは需要にあたる。だが、大学の側も、志願者の中から入学してほしい者を選ぶ。これも需要にほかならない。そんな大学の需要に応えて、選ばれた志願者は自身を供給することになる。一方で、志願者の需要に応え、大学も入学許可を供給する。
 すなわち、大学進学のようなケースでは、同じ主体が需要側にもなるし、供給側にもなるのだ。この場合、単純に価格を決定し、金銭を媒介する取引は成立しえない。お互いに選び、選ばれる必要のある取引には、通常の商取引とは“別のルールとシステム”が必要となる。

「見えざる手」に任せるのではない市場の新たなルール

 本書の著者、アルビン・E・ロスは、その別のルールとシステムを「マッチメイキング(マッチング)」理論として確立した。そして、商取引市場のように、自ずと需給バランスが取れていく(いわゆるアダム・スミスらの言う「見えざる手」)のではない、マッチングのシステムを人為的に構築することを「マーケットデザイン」とした。マーケットデザインでは、自然に任せるのではなく、市場に手を加えて「デザイン」し、より多くの人の幸福に資する結果を導くことをめざす。
 ロスは、自ら研究するマーケットデザインの手法を駆使して、全国研修医マッチングプログラムのリデザイン(ロス=ペランソン・アルゴリズム)や、腎臓交換プログラムのアルゴリズム策定などの実績を残している。本書では、そうしたマッチングの手法やマーケットデザインについて、一般の人にもわかるように具体例を挙げながら解説している。
 著者は、実際のマッチングプログラム策定の実績に加え、市場理論を狭義の経済学の枠から解放し、広く社会制度設計に役立つものにした功績などにより、2012年にロイド・シャプレーとともにノーベル経済学賞を受賞した。

研修医受入プログラムがマーケットデザインの元祖

 本書では、病院による研修医受入れ制度のマーケットデザインを例に挙げている。1900年頃のアメリカの病院では研修医受入れを成功させるためには、いかに早く医学生にアプローチするかが重要と考えられていた。他の病院を出し抜いて、優秀な医者を囲い込めるからだ。
 しかしこれでは、研修医の能力を十分に見きわめられないまま採用しなくてはならない。研修医側も、病院のことをよく理解しないまま応募することになる。そこで医師たちは、病院と研修医それぞれの条件と希望を一度に集約し、「組み合わせ」を決めることにした。
 その一度に集約してマッチングを行う仕組みを「クリアリングハウス(情報交換機構)」と呼ぶ。後に著者はこれを応用し、腎臓移植のドナーと患者のマッチングプログラムをデザインした。
 これまで数十万人の医師が、著者らが開発したマッチングシステムのもと、数千の研修プログラムに参加しているそうだ。さらに、これを応用したアルゴリズムは、その後数十の雇用市場で用いられており、いずれもミスマッチを最小限に抑えるのに貢献しているという。(担当:情報工場 吉川清史)

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2016年8月のブックレビュー

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