2016年9月の『押さえておきたい良書』
“探検”という言葉は、未知なる地に分け入り、苦難の末に人類初の足跡を残すといった行為を指すと思われがちだ。だが、探検の本質は別のところにある。それは何かを発見し、それを社会に伝えて他者と分かち合うことだ――。
本書はそんな前提のもと、「未知の地」ではなく「日常」を“探検家”として過ごす方法を提案している。著者は作家で探検家。飛行と航海両方の手段で大西洋単独横断を成し遂げたことがあり、存命中の人物でこれを達成したのは彼だけである。前著『ナチュラル・ナビゲーション――道具を使わずに旅をする方法』(紀伊國屋書店)は英国ナショナル・トラストの最優秀アウトドアブックに選ばれている。
半径2キロの“探検”でも発見できる
これは著者の探検の一部だ。その探検は、英国サセックス州のノース・ストーク村近くにある田舎道から始まり、半径2キロメートル以内で完結する。普通に人が住んでいる地域だが、これも立派な探検である。
そんな約4時間の探検から、著者は多くの「発見」の切り口を読者に提供している。植物、海岸、動物、天気、都市、人間、言葉…etc。いつも日常的に歩いている道であっても、こうした切り口があれば、誰もが探検家になれるし、新しい発見ができるということだ。
上に引用した一節は「言葉」と題した章に入っているのだが、そこで話題になるのが「地名」だ。地名はその土地に隠された意味を解読する鍵になる。たとえば南米のアマゾン川は1541年に、スペインの探検家フランシスコ・デ・オレリャーナによって名づけられた。この地で、ある女性戦士と出会った彼が、彼女をギリシャ神話に登場する「アマゾネス」に見立てたことから命名したのだ。このような事実から、命名者がどんな文化から影響を受けている人物だったのかを想像できるだろう。それも一つの発見だ。
普段気にしなければ、地名は、単なる音や文字からなる記号でしかないだろう。しかしそこには隠された意味があり、新鮮な発見があるのだ。
誰もが探検家になれる時代
インターネットが登場する以前には、自分が体験したことや考えたことを、広く世間に知らしめることは難しかった。出版という手段はあったが、コストや流通の壁が立ちはだかっていた。ゆえに世間に広まったのは“初の南極到達”や“アフリカ大陸踏破”といったセンセーショナルな発見だけだった。大勢の探検家志望の者たちが、自らの発見を大勢の他者に知ってもらうことができずに、“名もなき旅人”としてその一生を終えていたのだ。
しかし現代ではブログやSNSで、発見を簡単に広められるようになった。日常のなかで誰もが探検家になれる時代がやってきたのだ。(担当:情報工場 宮﨑雄)