1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2016年10月号
  4. 〈インターネット〉の次に来るもの

2016年10月の『視野を広げる必読書

〈インターネット〉の次に来るもの

テクノロジー進化がもたらす12の「変化」その影響にどう対峙すべきか?

『〈インターネット〉の次に来るもの』
 -未来を決める12の法則
ケヴィン・ケリー 著
服部 桂 訳
NHK出版
2016/07 416p 2,000円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

変化を予見できず後悔しないために

 先日、東京大学医科学研究所附属病院に入院したがん患者の命を、IBMが開発したコンピューティング・システム(人工知能)「ワトソン」が救った、という報道があった。この患者は、当初の医師による診断とそれに基づく治療法の効果が出ていなかった。その原因がわからなかったのだが、ワトソンが患者の遺伝子の変化を分析したところ、まったく違う病気であると判断した。それに基づき治療を行うことで、その患者は退院できるまで回復したという。

 このときワトソンは、2000万件ものがんと遺伝子に関する研究論文、1500万件の薬の特許情報などからなる膨大な情報を学習したのだという。それを基に正しい診断を下すことができた。このような学習は、生身の人間には到底不可能だ。

 このようなかたちで、テクノロジーが人命を救うようになると、数年前の私たちは予見できていただろうか? 少なくとも私はできていなかった。

 2012年に、IBMの米国本社で研究所の幹部から技術戦略を聞く機会があった。その前年の2011年には、ワトソンがアメリカのクイズ番組に出場して優秀な成績を残したことがニュースとなっていた。

 その場で先方とのディスカッションを行うことになっていた。テーマの候補としては「脳科学や認知科学の分野でワトソンにどのような利用方法が想定されるか」が挙げられていたが、却下した。ワトソンのようなテクノロジーが、私たちの生活に及ぼす変化や影響に十分に思いをめぐらせることができなかったからだ。

 2016年の現在では、多くの企業が人工知能に莫大な投資を行うようになり、テレビなどのニュースでも頻繁に人工知能が取り上げられるようになった。わずか4年で、これほどの変化があったのだ。

 2012年当時の私がこのような変化の方向性をもっと理解できていたとしたらと、忸怩(じくじ)たる思いがないとは言えない。そうすれば、この分野のスキルアップに投資をするなどの行動がとれていたはずだからだ。

 このような後悔をしないためにも、最新のテクノロジー動向をしっかりと理解し、自分のとるべき行動を考えたい。そんな思いをもつ読者にとって、本書は新たな知識や気づきを提供してくれるだろう。

 著者のケヴィン・ケリー氏は、1993年に創刊されたデジタルカルチャー雑誌「WIRED」の初代編集長として活躍。その後デジタルテクノロジーがつくり出す世界やその影響に関する多くの著書を世に送り出している。本書はニューヨーク・タイムズの2016年7月のベストセリングブックにランクインするほどの注目書となっている。

 著者は、この進化の行き着く先を予測するのは困難だが、変化自体は「不可避」であるという。たとえて言うならば、ひとたび坂を転がり始めたボールが最終的に行き着く先を、正確に予測することは難しい。だが、ボールがどこに向かうかのおおよその方向は見てとれる。また、転がり始めている以上、元に戻すことはできない(不可避)。それと同じだ。

 また、著者は、この不可避な変化の方向性を12に分け、それぞれに対してキーワードを割り当てている。たとえば、人工知能をより活用していく方向性を“COGNIFYING”、IoT(モノのインターネット)などにより人間の生体データやモノのデータなどの把握が可能になる方向性を“TRACKING”、人工知能や検索エンジンなどによって人間の問いに対する回答が得やすくなり「問い」が重要になる方向性を“QUESTIONING”といった具合だ。

 この12のキーワードはいずれも英語の現在進行形だ。そのことは、これらの変化が未来の話ではなく、2016年現在すでに始まっていることを示している。約30年後の2050年から振り返ったときに、2016年はその後の変化が始まったばかりのタイミングとみなされるだろう、ということだ。

「答え」ではなく最適な「問い」をつくることが重要に

 著者はこれらの変化が及ぼす影響を基本的には楽観的に考えている。しかし、マイナス面についてもしっかりと言及している。新しいテクノロジーが既存のビジネスを脅かしたり、悪用されることも想定している。そしてそのような場合でも、不可避な変化に抵抗したところで無駄だ。それよりも人間がテクノロジーのプラス面を最大限引き出せるように行動すべきというのが著者の考えだ。

 たとえば人間の仕事が機械に置き換えられるリスクがよく議論される。著者も、かつて農業労働の大半が機械化されたのと同じように、現存する職業の70%が今世紀中にロボットなどによるオートメーションに置き換えられると予想する。

 だが、かつて農業の機械化で職を失った農民たちは、工場での仕事を新しく得ることができた。同じように将来、新しい分野で新しい仕事が生まれると予測できる。たとえば、トラックの運転は自動運転に置き換えられるが、運送経路や、エネルギー消費・時間配分を最適化する業務が新たに必要となる。また、ロボットを使った手術が日常的に行われるようになると、ロボットを効果的に殺菌する手法を、人間が発明する必要が出てくるかもしれない。

 このように今後は、ロボットやマシンと一緒に働くプロセスを最適化する仕事が重要になる可能性が高い。その最適化を手がける者が成功をおさめるだろう、というのが著者の考えだ。

 冒頭に紹介した医療分野におけるワトソンの活躍は、人間がテクノロジーと最適な形で協働した好例といえる。報道によると、医師はワトソンに対して「患者の遺伝子変化の原因は何か」と問うたそうだ。この問いは、遺伝子変化とがんの関係論文を学習したワトソンにとって最適だった。これがもし、「患者の病気の原因は何か」「今の治療法で効果が出ないのはなぜか」といった問いだったとしたら、正しい判断を導き出すのは難しかったかもしれない。

 つまり、より良い回答を得るためには、適切な問いを考えられるかがキーとなるということだ。このことは“QUESTIONING”というキーワードを解説した章で触れられている。完璧な質問、最良の質問を考え出すことが、機械にはできない人間の重要な仕事となる。さらに、もしそういった質問を生み出すテクノロジーを発明できれば、それがもっとも価値のあるものになるだろうと著者は指摘している。

不可避な変化に逆らわずテクノロジーと協調する

 最近は、「インターネットが社会を不寛容にさせている」といった、社会の悪い方向への変化の原因をテクノロジーに求める論調も多い。一方で、こうした「技術決定論」に異を唱える考え方もある。マニュエル・カステルというスペインの情報社会学の権威がいる。彼は情報技術が経済、政治、文化に与える影響について実証的な研究を行った結果、次のように結論づけている。「テクノロジーが社会を決定するのではない。テクノロジーを利用する人々のニーズ、価値観、関心にしたがって、社会がテクノロジーを形づくっていくのだ」

 本書での著者の主張は、このカステルの考えに近いものといえよう。両者に共通するのは、私たち人間がテクノロジーをどのように使っていきたいか、という明確な意思を持ちながらテクノロジーと関わる姿勢だ。テクノロジーの変化に翻弄され、なすがままになるのではない。変化を受け止めたうえで、必要とされる新しい仕事や、その仕事をこなすためのテクノロジーを発明する。そうした相互作用によって、さらにテクノロジーが進化していく、というスパイラルだ。

 本書で予測されている変化は、その良し悪しを議論すべきものではないのだろう。それよりも、そうした変化の中で私たち自身がどのような新しい機会を得られるのか。それが本書の最大のメッセージなのだと思う。(担当:情報工場 足達健)

amazonBooks rakutenBooks

2016年10月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店