2016年10月の『押さえておきたい良書』
宇宙飛行士といえば、強靭な精神と肉体を備えた“超エリート”のイメージがある。それゆえ一般のビジネスパーソンとは別世界の人間のように思われがちだ。だが、日本人として初めてISSコマンダー(国際宇宙ステーション〈ISS〉の司令官)まで務めた若田光一さんによれば、ビジネスパーソンも宇宙飛行士も、組織の人間として行動するという点でさほど変わりはないという。
本書は、その若田さんが、これまでの24年にわたる宇宙飛行士としての経験から身につけた数々のスキルを「若田流仕事術」としてまとめたものだ。
宇宙飛行士には、極限の状況下で一瞬にして物事を判断する力が要求される。若田さんは本書で、その力を身につけるために必要なことを「想像する」「学ぶ」「決める」「進む」「立ち向かう」「つながる」「率いる」の7つのキーワードからひも解いている。「一瞬で判断する」には、組織の人間としてのリーダーシップやマネジメント能力にもつながるこれらのスキルを、フル活用しなければならないということだ。
先入観を捨て、目の前にある事実に集中する
過去の経験、とりわけ成功体験は先入観となり、それが時として正しい判断を狂わせる。とくに宇宙空間での作業では、先入観は生死に関わる事故にもつながりかねない。若田さんは、コマンダーとしてすばやい判断が求められるときには、まず先入観からくる考えを意識的に排除するようにした。そして目の前の事実に集中し、地上管制局やクルーからの意見や情報に、まっさらな気持ちで耳を傾けるよう心がけたという。
怒りは「真剣さ」に置き換えて表現する
ISSのような閉鎖的な空間で長期にわたる作業に携わっていると、誰でもストレスがこうじ、ネガティブな思考や言動が顔を出す。しかし、若田さんがいつも心に留めていたのは、「自分の言葉や態度は、自分にも他の人にも影響を及ぼす」ということ。チームの士気を高いレベルで維持するために、ポジティブな姿勢を崩さないよう努力したという。
とはいえ、人間であるからには、自然な感情として怒りにさいなまれることもある。たとえば地上管制局でのシフト間の引き継ぎができていないことがある。すると音声通信のなかで、交代した管制官が、前のシフトの管制官と同じ質問をしてくる。そうしたことが繰り返されると、さすがの若田さんにも怒りの感情がわいてくる。
そんなとき若田氏は、ストレートに怒りをぶつけるのは避ける。その代わりに、同じ質問をされたわずかな時間の無駄も惜しんで、自分たちは真剣にパフォーマンス向上に取り組んでいることを伝える。怒りの表現を「真剣さ」に置き換えることで、感情的なトラブルを避ける。若田さんならではの「仕事術」の一つである。(担当:情報工場 藤浦泰介)