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2016年12月の『視野を広げる必読書

世界をつくった6つの革命の物語

私たちの生活を一変させた「発明」たちには意外なルーツがあった

『世界をつくった6つの革命の物語』
 -新・人類進化史
スティーブン・ジョンソン 著
大田 直子 訳
朝日新聞出版
2016/08 344p 1,900円(税別)

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高速道路はエジソンの電球の発明によって開発された

 現在のわれわれの生活は、さまざまな便利な商品で支えられている。そうした生活必需品の中には、元をたどればまったく違う目的で考案されたものもある。また、異なる分野のイノベーションに誘発され、意図せずに生まれたものもある。

 たとえばティッシュペーパーは、もともとは第一次世界大戦中にアメリカで脱脂綿の代わりに開発され、さらに吸収力を高めてガスマスクのフィルターとして使われていたものだ。ところが戦争が終わるとそれらは使い途がなくなり、大量に余った。キンバリー・クラークという会社がそれに目をつけ、メイク落とし用に「クリネックス」という名前で商品化したのが最初のティッシュペーパーだ。

 こうした商品の発明だけではない。産業レベルでも同じようなことが起きている。
 アメリカではいち早く高速道路の整備を進めたことが、自動車産業の発展を後押しした。しかし、その高速道路のルーツは、「余りものの再利用」と聞いたら驚くだろうか?

 発明王トーマス・エジソンは、自分が発明した電球を普及させるためには、各家庭に電気を引かなければならないと考えた。それには、まず電気を安価に安定供給可能な発電所が必須になる。それを実現する水力発電用のダムの建設にはセメントが欠かせない。ところが当時出回っていたセメントでは巨大ダムを建設するには強度が足りなかった。そこでエジソンは強化セメントを開発することにして、それに成功した。

 ダムが完成し発電所が稼働を始めると、エジソンのもくろみ通り電球は飛ぶように売れた。それがアメリカのエレクトロニクス産業を大きく発展させる契機となった。しかし、ダムのためにせっかくつくった強化セメントは、その後大量に余ることになる。

 エジソンは今度はその余ったセメントを活用する方法を考えた。そして、当時はまだ貧弱だった道路を整備して、高速道路網を構築することを提案したのだ。つまりエレクトロニクス産業の発展に寄与したエジソンのイノベーションが、自動車産業の発展にも貢献したということだ。

 本書『世界をつくった6つの革命の物語』の著者、スティーブン・ジョンソン氏はサイエンス領域を中心に活躍するノンフィクション作家だ。本書の執筆と同時期に放映された、英国BBCと米国のPBS(公共放送サービス)のテレビシリーズ『How We Got to Now』の共同制作者であり、司会も務めている。ちなみにこの番組タイトルは本書の原題と同じだ。

 ジョンソン氏は本書で、現代社会に大きな影響を与えたイノベーションを独自の視点から6種類に分類し、それぞれ1章を割り当てて解説している。掲載されたイノベーション事例は、いずれもわれわれの生活に深く浸透しており、それがなかった時代を想像できないようなものばかりだ。

 本書を通じてそれらのイノベーションを振り返ると、実にさまざまな物事の誕生が多くの偶然や、意外な物語を経て引き起こされたことがわかる。

ハチドリ効果とロングズームでアプローチ

 ところで、多くの顕花植物(花をつける植物)は花蜜を分泌するが、進化の過程でそうなったのは、昆虫を利用するためだったとされる。すなわち、受粉を効率よく進める目的で、花蜜でミツバチなどをおびき寄せる。ところがこの進化は、鳥類であるハチドリの進化にも影響を及ぼしたのだ。

 ハチドリは最小の鳥類だが、ミツバチのように花にとまって蜜を吸えるほどには小さくない。もしもハチドリが花にとまろうとすれば、花ごと下に落ちてしまうだろう。そこでハチドリの先祖は、毎秒約55回という高速ではばたいて空中で静止できるように羽を進化させたという説がある。そうすれば花の横に静止して、くちばしを伸ばして思う存分花蜜を吸うことができる。

 顕花植物の花蜜の獲得という進化が、もとは無関係だったハチドリの能力の進化に大きく貢献したということだ。ジョンソン氏は、このエピソードをもとに、ある分野のイノベーション、またはイノベーション群が、まったく別の領域に変化を引き起こす不思議な影響の連鎖を「ハチドリ効果」と名づけた。

 本書では、現在のわれわれの生活につながる根本的な革命の正体を探るのに、二つのアプローチを使っている。一つはハチドリ効果、もう一つは「ロングズーム」である。ロングズームとは、たとえば原子のレベルから地球全体の気象変動といったマクロなレベルまで、さまざまなスケールでの検討を同時に行うアプローチを指す。

 「ガラス」に関するイノベーションを例にとると、ガラスを使った鏡の発明が、ルネサンス期以降の美術で自画像というまったく新しい表現形式を生み出した。ガラスを加工してレンズが発明され、顕微鏡や天体望遠鏡で肉眼では見えなかったものが見えるようになった。

 さらにインターネットも、ガラスにさかのぼることができる。ヘルメットや航空機の機体には軽くて強度の高い素材が求められ、ガラスを細長く伸ばして繊維状にしたグラスファイバーが発明された。それがやがて透明度の非常に高いガラスの開発と組み合わされ、長距離大容量の光通信設備の建設が可能となる。そうした設備が、今日のインターネットの普及に役立ったことは言をまたない。

 本書にはガラスの他に「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」という合計6種類のイノベーションが取り上げられる。広範な分野と多様なスケールでの革命が、豊富な具体例の考察とともに描かれている。

意図的にイノベーションを生み出すには?

 ハチドリ効果を意図的に起こし、新たなイノベーションにつなげるにはどうしたらいいのだろうか。

 エンジニアのウィリス・キャリアは、ある印刷会社の依頼で、夏場にインクがにじまないように印刷室の湿気を取り除く装置を考案、その会社で実際に取り入れてみた。すると、なぜかみんなが印刷機の隣にあるその装置のそばで昼食をとりたがるようになった。湿気と一緒に熱も取り除かれて涼しくなっていたからだった。そこでキャリアは、室内空間の湿度と温度を調節する仕組みをつくることを思いつき、エアコンの発明につながったのだそうだ。

 特定の領域で問題解決を考えている時には、その領域に発想がしばられてしまいがちだ。ある発想が、意外なパラメータを変化させていないか、何か別の恩恵を与えないかを、常に意識するようにしてみてはどうだろう。

 またジョンソン氏はハチドリ効果が、ある分野における欠陥が、別の分野でしか解消できない時に生じることもあるとも指摘している。冒頭に紹介したエジソンと高速道路の事例もそれにあたる。電球を普及させようとする過程で、強度が足りないという当時のセメントの欠陥を解消、それをきっかけにまったく別の分野である高速道路の建設を発想した。

 ある目的を達成する過程では、障害にぶつかることも少なくない。エジソンの場合、発電用のダム建設というステップで「セメントが弱い」という障害に突き当たった。そんな時にも諦めず、発想を別のものにつなげてみたり、まったく別の分野への転用を常に意識することも重要といえる。

 本書に収録された革命の物語たちは、どれも読みものとして非常に面白く読み進められる。さらに、それらの革命を引き起こした人々がどのような経緯で、どういう発想の転換を行ったのか。そういった観点で物語を分析しながら読み進めば、もしかしたら世の中を一変させるような“革命”を意図的に起こす方法が見つかるかもしれない。(担当:情報工場 浅羽登志也)

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2016年12月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店