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2016年12月の『視野を広げる必読書

うまくいきそうでいかない理由

自分の可能性を最大限発揮するための、たった10秒でできる習慣

『うまくいきそうでいかない理由』
佐藤 由美子 著
フォレスト出版
2016/10 280p 1,500円(税別)

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自分の中にメンターをつくり出す

 企業では経験豊富な先輩をメンターにつけ、新卒社員の指導に当たらせることがよくある。だいぶ昔の話になるが、私自身も新卒として入社した会社の新人時代には、とても頼りになるメンターについてもらっていた。

 その先輩社員にはよく、「君はこういう考え方をするクセがあるね。今度からこんなふうに修正すればいい」と、アドバイスしてもらえた。自分自身で把握できていなかったことについて指摘してもらえたおかげで、自身の考え方や行動の軌道修正ができるようになっていった。

 また、同じ職務を何年もこなしてきた先輩として「この進め方なら大丈夫、うまくいく」「今のままだと、将来こういう問題が起きる」といった言葉もかけてくれた。そのおかげで、まだ経験の足りない仕事でも、軌道修正を行いつつも、「このアプローチでいいのだ」と自己を肯定しながら、安心して取り組めていた。

 本書『うまくいきそうでいかない理由』は、「10秒ワーク」というトレーニング法を紹介している。これは、かつて私についてくれたメンターのような存在を自分の中に作りだす方法ともいえる。実践することで、自分自身を客観的に捉え、ベストな行動に結び付けられる。また、不確実な状況でも、自己を肯定しながら未来に向かえるようになる。

 著者の佐藤由美子さんは、行動変革コンサルタントとして活躍している。4,000人もの顧客への個別コンサルティング経験をもとに、人生を好転させるメソッドを体系化したのが本書である。

人生がうまくいかない理由を解消する10秒ワークとは?

 佐藤さんは、「人生がうまくいかない」という悩みを抱える人について、「メタ認知能力が低い」「自己肯定感が低い」「他者との調和を欠いた人間関係になっている」という三つの理由を示している。

 メタ認知能力とは、自分自身を客観視してコントロールできる能力を指す。自分自身を把握し、それをもとに振る舞える力である。この能力が低いと、今の自分に必要なことを見きわめられず、すべき行動がとれない。

 自己肯定感は、今の「あるがまま」の自分を受け入れることで生まれる。自己肯定感が不足すると、常に不安を抱え、失敗を恐れて前に踏み出せない。失敗したときには、過剰に反応してしまい、自分を責めがちだ。

 こうした三つの理由を解消するのが10秒ワークだ。その中心となるのは、「過去の自分に、現在の自分が情報を教える」というワークである。

 どんな情報を教えればいいのだろうか? 本書には具体的な「教える内容」の例がいくつも示されている。たとえば「仕事のあの案件、心配していたけど大丈夫だった。リラックスしていればよいよ」「パーティーに出るのが面倒くさいと思っていたけど、一緒に仕事ができそうな人に出会えたよ。今後が楽しみ!」「上司にいつも書類のことで注意されてきたけれども、今日は上司の視点が少しわかったのが発見だった。順調に進化しているよ」「嫌いな○○さん、意外にいい人かも。あの人なりに、会社のことを考えていることがわかった。ちょっと見方が変わりそう」「今日、友人と言い合いをしてしまった。ムカついた。ただ、自分も感情的になり、相手を否定してしまったな。今度、謝ってみるのもありかも」といった具合だ。

 過去の自分に教えることで、自分の思いが言語化される。それによって漠然とした思考や感覚をかたちにできる。そのことが自分を客観視する、すなわちメタ認知能力を獲得する第一歩になる。自分を客観視できると、別の選択肢をとったり、軌道修正してみようといった気持ちになりやすいという。

 本書の中から10秒ワークの実践例を取り上げよう。ピアノ教室に通う50歳の方のケースだ。この方はピアノ教室に10年通っているのだが、最近は上達の壁に突き当たっていた。そこで10秒ワークを実践してみたところ、なかなかマスターできなかった曲が1週間で弾けるようになったという。

 この方の10秒ワークは、10年前の自分に「10年で楽譜も読めるようになり、難しい曲にチャレンジできるようになった」と教えるものだった。確実に成長している現状を言語化したのである。言語化により、10年前より確実にうまくなっていることを実感し、自信をもてるようになった。そしてそのことで「ピアノがうまくなっている未来の自分」を信じられるようにもなった。

 10秒ワークを続けると、現在から過去の自分に語りかけているのに、未来の自分から情報を教えられているような感覚が得られるようになる。それは、冒頭に紹介したメンターが、人生の先輩として私の未来を推測して助言してくれたのと同じなのだろう。そうすれば、現在のできごとを「うまくいく未来につながるプロセス」として肯定的に捉え、自信をもって前に進むことができる。

 また、人間関係をテーマに10秒ワークを行えば、周囲との関係性を客観的に見つめることができるため、有益な気づきが得られるようだ。たとえば、人から仕事を頼まれたときに、いつも無理をして引き受けていたとする。このときに「引き受けないと能力が低いとみなされる」といった心理の存在に気づけたりする。

10秒ワークは簡単にできて、こんな効果がある!

 著者が提案する10秒ワークのパターンは次の通り。原則として1日の終わりに行い、夜の自分がその日の朝の自分に教える。何を教えるかというと、(1)その日あった事実、(2)うまくいったこと、うれしかったこと、(3)少しでも成長したこと、気づいたこと、(4)失敗やネガティブな内容の四点である。

 (1)と(2)はメタ認知能力を高めることにつながる。(3)を言語化することで自分が成長していること気づき、自己肯定感を高められる。(4)については失敗を認めることで、他の選択肢を考えることにつながる。

 10秒ワークは、さまざまな応用も可能だ。私は子育てで実践してみた。

 先日、まだ小さい息子を連れて家族で旅行に出かけたのだが、旅行先で船上からイルカを見るクルーズに参加した。ところが、こともあろうに、肝心なときに息子は船上で寝てしまっていた。イルカとの出会いを果たせず泣いて悔しがる息子に、その日の夜、「寝てしまった自分にどんなアドバイスをしたい?」と問うてみた。彼は考えた末に「大事な用があるときには、(眠くならないように)念のため横になって休んでおいたほうがいいよ」と言ってあげると言った。後日、ふだんなら眠くなる午後の時間帯にお出かけの予定があったのだが、息子はその前に横になり昼寝をしていた。

 管理職やチームリーダーは、メンバーのメタ認知能力の向上のために、10秒ワークをチームで実施してみてもいいだろう。私自身が後輩のメンターをしていたときには、メタ認知能力を獲得させたいと思ったものの、具体的な方法論が見当たらず、とても苦労したのを覚えている。本書の10秒ワークを知っていれば、どんなに楽だったか。誰でも手軽に実践できるこのワーク。試してみて損はないはずだ。(担当:情報工場 足達健)

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2016年12月のブックレビュー

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