2017年2月の『押さえておきたい良書』
私たちは個人として時に不合理な行動をする。それゆえに自分の不利になる間違ったことをしでかすことも多い。そうした人間行動を心理学や社会学、経済学、人類学などの学際的アプローチで分析するのが行動科学だ。本書『賢い組織は「みんな」で決める』では、その行動科学を組織や集団に応用することで、組織としての意思決定が誤った方向に行かないためにどうすればよいかを豊富な事例をもとに論じている。
一般に、個人が考えて物事を決めるよりも、集団でアイデアを出し合い、議論した方が公正でより良い結論に達すると思われがちだ。だが本書によれば、集団での話し合いにはバイアス(偏り)がかかることが多く、極端な方向に走ったり、リスクを軽視した楽観的な結論に達したりすることが珍しくない。個人の間違いを正すどころか、かえって集団がそれを助長するケースもあるのだ。
著者のキャス・サンスティーン氏は法学者でハーバード大学ロースクール教授。米国の第1期オバマ政権で行政管理予算局の情報・規制室室長を務めたほか、全米ベストセラーとなった『実践 行動経済学』(日経BP社)の共著者としても知られる。リード・ヘイスティ氏はシカゴ大学ブース・ビジネススクール教授。
情報シグナルと評判プレッシャーが話し合いを歪める
集団での話し合いが誤った方向に進む原因には、メンバーにかかる2種類の圧力があるという。「情報シグナル」と「評判プレッシャー」だ。
情報シグナルとは、話し合いで他の人(リーダーであることが多い)が発言して公表した情報を尊重するあまり、自分が持っている情報を発表しなくなる傾向。リーダーにカリスマ性があったり、絶大な信頼を得ている場合に、この情報シグナルが作動しやすい。メンバーが、自ら持つ有用な情報を「あの人の意見や情報に比べたら、発表する価値がない」と思い込んでしまうのだ。
評判プレッシャーは、自分に不利になる状況を避けるために黙ってしまう傾向だ。メンバーの同質性が高かったり、互いにプライベートで仲が良い場合にかかりやすい圧力といえる。つまり、異論を発することで嫌われたり、怒らせたり、愚かだと蔑まれたりするのを恐れる心理が働くのである。
リーダーは最初に自分の意見を鮮明にしない
情報シグナルと評判プレッシャーの影響を防ぐには、上記引用のように、リーダーがメンバーの持つ情報やアイデアを聞く姿勢を示し、そのための場や時間を設けるといい。とくに評判プレッシャーへの対策として、討議に入る前に匿名の秘密投票を実施するという方法もある。そうすれば、各々のメンバーから多様な意見を引き出すことが可能になる。なお本書では、匿名の意見や情報を集約する方法として、米国のシンクタンクであるランド研究所が開発した「デルファイ法」の応用を勧めている。(担当:情報工場 吉川清史)