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2017年4月の『押さえておきたい良書

だしの神秘

和食のハーモニーをつくり出す「だし」を科学する

『だしの神秘』
伏木 亨 著
朝日新聞出版(朝日新書)
2017/01 240p 760円(税別)

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 ユネスコの無形文化遺産に指定され、注目が高まる「和食」。その和食の味を決める根幹ともいえるのが、「だし」だ。ふだんはその存在感を主張することはあまりないが、味噌汁やお吸い物、うどんやそば、そうめん、おひたし、親子丼、炊き込みご飯、さらには鍋物全般など、だしが決め手となる料理は多い。もし、だしがなかったとしたら、和食はそのバリエーションのかなりの部分を減らしてしまうとも考えられる。
 本書『だしの神秘』では、その歴史から、つくり出す「うま味」の科学、世界の料理に使われているものとの比較など、さまざまな角度からだしの真髄に迫っている。著者は龍谷大学農学部食品栄養学科教授。和食の魅力を伝える活動も精力的に行っている。

縄文時代までさかのぼる日本人と「だし」の関係

 だしとは、動植物の食材からうま味を引き出した液体である。すでに縄文時代には土器を使った野菜や魚や肉の煮物の料理が存在したことがわかっているが、それらの食材のうま味が溶け込んだ煮汁が、現在のだしのルーツといわれている。やがて、その煮汁をとる食材が、長期熟成させた昆布、鰹節のような手間ひまをかけたものに進化。煮汁は私たちがふだん使うだしとなった。
 では、なぜ日本で、これほどだしを重視する料理の文化ができあがったのか。著者は、日本で長らく砂糖と油脂が貴重品だったことを理由の一つに挙げている。とくに鎖国をしていた江戸時代には、砂糖は高価な輸入品と少量の国内生産品しかなかった。また、仏教の影響で、明治維新まで獣肉の摂取は避けられてきた。そうした時代に日本人の味覚を満足させていたのが、容易に入手できるだしのうま味だった。そうして、日本にだしを中心とした食の文化が花開いていったのである。

「だし」に込められた日本料理の哲学

“日本料理の根底にはだしのうま味があり、だしは雑味を極度に削いでいます。あくまでも、素材の様々な持ち味を楽しむ料理なのです。(中略)だしは余計な特徴を出さず、ただハーモニーの中心にある。だしのうま味を基調にした調和が、料理全体に流れているのが理想なのです。”(『だしの神秘』p.43-44より)

 上記引用で述べられていることを象徴するのが、京料理では煮物の表面に浮いたアクを取り除くが、フレンチではアクを取り除かないというエピソードだ。
 そのことを知った著者と京料理の料理人たちは、野菜の煮物でアクを取ったものと、取らないものを食べ比べてみた。すると、アクを取らないフレンチ流のほうがコクがあり、おいしかったという。
 しかし、京料理の料理人たちは、アクを取らない方は店では出せないと言った。アクが混ざっていた方が分厚い味がするが、それが雑味となり、「料理の品(ひん)」が落ちてしまうというのだ。純粋なだしのうま味を大切にする考え方が徹底されていたのである。
 日本料理にとってだしとは、なくてはならないけれども主張はしない、そんな奥ゆかしさのある存在なのだ。(担当:情報工場 宮﨑雄)

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2017年4月のブックレビュー

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