2017年4月の『押さえておきたい良書』
トランプ政権の誕生は、アメリカが階層によって分断された社会であることを印象づけた。社会の下層におかれた人々にまん延し、犯罪や貧困などの元凶と目されることが多いのがドラッグ、すなわち違法薬物の問題である。
本書『ドラッグと分断社会アメリカ』では、神経科学者である著者が、科学的見地から薬物問題の真実に鋭く斬り込んでいる。自身の半生とも絡めながら、アメリカの内部構造、あるべき薬物政策について考察する著者は、ドラッグ問題、DV(家庭内暴力)、犯罪などが多発する貧困地区に育ちながらも研究者の道に進み、現在はコロンビア大学心理学科長を務める。
「薬物常用」に対する誤解
ドラッグは一般的に、「依存性が高く、一度手を出したらやめられない」といった恐ろしいイメージとともに語られる。それゆえ、アメリカ政府は莫大な予算をつぎ込み、ドラッグを撲滅しようとしてきた。だが、そうしたイメージが科学的に正確ではないとしたら、政策の根本にかかわる大問題となる。
本書によれば、薬物常用者とされるアメリカ人は2000万人にのぼる。だが、ヘロインやクラック・コカインといった薬物に手を出した人々のうち依存症の問題にさらされるのは10~25%しかいないことも明らかになっている。この数字は、「ドラッグは依存性が高い」という一般のイメージが誤解である可能性を示唆する。
また、ある研究によれば、独身者よりも既婚者の方がコカインをやめられる可能性が3倍あるという。別のデータでも、身近な家族や恋人がいる人の方が薬物依存症の治療効果が得られやすく、学校や両親とのつながりを感じている学生の方が薬物問題は少ないということがわかっている。こうした社会的ネットワークがあれば、多くの人は薬物問題から逃れられるというのが著者の主張だ。単に薬物の流通経路を断ち、薬物そのものの撲滅をめざすといった対策よりも、常用者の環境を改善した方が有効ということだ。
薬物の「非犯罪化」により生まれる分断社会再構築のチャンス
著者は、有効な薬物対策の一つとして「薬物の非犯罪化」を提案している。この政策は、薬物を合法とはしないものの、違反しても刑事上の罪を問われないようにするものだ。すなわち、薬物常用者を犯罪者として拘禁するのではなく、適切な環境を整え「治療」を行うべきということなのだろう。実際に、ポルトガルでは2001年からすべての違法薬物を非犯罪化しており、一定の成果をあげているという。
一方アメリカは、貧困地域の犯罪の主因を薬物であると断じ、厳罰化してきた。その結果、犯罪歴のせいで仕事や住居を得られなかったり、給付金などを受けられない人々が多数生み出されたという。皮肉にも、こうした構造こそが“分断社会”アメリカを生み出し、彼らが貧困から抜け出すのをいっそう難しくしているのだ。(担当:情報工場 安藤奈々)