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2017年4月の『押さえておきたい良書

新・敬語論

時代とともに変化する「敬語」の役割とは?

『新・敬語論』
 -なぜ「乱れる」のか
井上 史雄 著
NHK出版(NHK出版新書)
2017/01 240p 780円(税別)

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 社会人たるもの、敬語を使いこなせて当然だ、という風潮は根強い。恥をかかないために、マナー本を手に取ったことがあるという人も多いだろう。しかし実際には、敬語を完璧に理解している人は、あまり多くなさそうだ。
 本書『新・敬語論』は、そんな敬語をめぐる現状を明らかにしている。文化庁が毎年行う『国語に関する世論調査』など複数の調査結果をもとに、敬語に対する見方の世代ごとの違いや、新しく使われ始めた敬語について分析。著者によれば、敬語の使われ方は固定されたものではなく、時代に応じて変化するものだという。
 著者は東京外国語大学名誉教授で、社会言語学、方言学を専門としている。

謙譲語の存在感は時代を経るにつれ薄れていく

 敬語には、大きく分けて尊敬語、謙譲語、丁寧語の3種類がある。著者が言うには、その中でもっとも使いにくいのが謙譲語だ。謙譲語の論理は「相手を持ち上げるために自分を低める」というものだが、それが回りくどい。また、謙譲語は使える文脈が限られている。つまり、相手に何らかの利益を与えるようなときにしか使われないのだ。「お持ちする」という謙譲語はありだが、「お殴りする」といった言い方はしない。
 著者はそんな謙譲語の存在感が薄くなってきているとも指摘する。そもそも家庭や会社で使われるのが尊敬語や丁寧語と比較して少ない。さらに、単体で使われる機会もあまりないからだ。
 たとえば「参る」「伺う」といった謙譲語がある。しかしこれらをそのまま使うと時代劇のようになってしまう。ほとんどの場合は後ろに「ですます」を付けて、「参ります」「伺います」とするはずだ。こうした用法が発達するにつれて、丁寧語との区別があいまいになり、謙譲語の本来のあり方が忘れられていくと著者は言う。

敬語は「民主化・平等化」方向へ変化

 著者は謙譲語に代わって「~せていただく」が台頭してきているとも指摘する。
 敬語は昔の身分差を前提に発達したと考えられる。つまり、従来の敬語は、常に目下の者が目上の者に対して使用するものだったということだ。それに対して「~せていただく」は、相手に配慮しつつ何かを行うことの表現なので、固定的な上下関係に関係なく、その場その場の状況に応じて使用される。
 こうした用例は「敬語の民主化・平等化」の現れだというのが著者の主張だ。それは、社会の民主化・平等化に連動したものだ。会社内で上司を「●●部長」のような役職付けでなく、「さん付け」で呼ぶような習慣は、社会全体の民主化・平等化が進んでいる象徴の一つといえる。
 固定的な上下関係のもと、目の前の相手を“尊敬”したり、自分を“謙譲”したりするのが敬語の役割ではなくなってきているということだ。たとえば、大学の新入生のような初対面同士では敬語で話すが、打ち解けるにしたがって敬語を使わなくなるような場合がある。敬語はその場その場での目の前にいる相手との関係を推し量り、失礼のないようにして人間関係を形成するためのツールとなっているのだ。(担当:情報工場 宮﨑雄)

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2017年4月のブックレビュー

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