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2017年6月の『押さえておきたい良書

『団十郎とは何者か』-歌舞伎トップブランドのひみつ

歌舞伎界きっての名跡「市川団十郎」の“凄さ”を探る

『団十郎とは何者か』
 -歌舞伎トップブランドのひみつ
赤坂 治績 著
朝日新聞出版(朝日新書)
2017/03 280p 820円(税別)

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 2016年6月、歌舞伎役者の市川海老蔵が記者会見を開いた。そこで発表された、妻の小林麻央さんが乳がんを患い闘病生活を送っている事実が世間の耳目を集めたことは、記憶に新しい。また、その数年前には、海老蔵自身が絡んだ暴行事件が大きく報道され、話題になった。

 テレビドラマや映画でも俳優として活躍しているとはいえ、一介の歌舞伎役者の動向がどうしてこれほどまでに注目されるのか、不思議に思ったことはないだろうか。

 それは、海老蔵が「一介の歌舞伎役者」などではないからだ。彼は将来、十三代市川団十郎を襲名することになっている。そう言われてもまだピンと来ない人のために説明すると、市川団十郎家は江戸歌舞伎きっての名門であり、市川団十郎とはわが国を代表する歌舞伎役者が代々襲名する、いわば最高のブランドなのである。

 本書では歴代の市川団十郎の経歴や功績を紹介し、なぜ団十郎がそこまで有名で、尊敬を集めるようになったかを解説。また、現在もアナウンサーなどが滑舌の訓練に使用する歌舞伎由来の早口言葉などの、歌舞伎豆知識も紹介されている。著者は歌舞伎や江戸文化を中心に評論活動を行う演劇評論家である。

現代に受け継がれる功績を残した歴代の団十郎

 代々の市川団十郎は名優ぞろいだったという。しかも彼らの多くは、演技力が高いだけで評判になったのではなかった。芸風や定番となる作品を創造するなど、後世に受け継がれる功績を残してきたのである。

 江戸時代前期(1660年)に生まれた初代団十郎は、「荒事(あらごと)」と呼ばれる芸風を創り出した。これは、超人的な力を表現する勇壮な演技を特長とするものだ。当時の武家社会の空気ともマッチし一世を風靡した。

 初代の息子である二代団十郎も荒事を受け継ぎ持ち味としたが、そこに新しい要素を加えた。「和事(わごと)」というやわらかい、喜劇的な芸を融合させ、芸域を広げたのだ。こうして親子二代続けてこれまでになかった芸風を確立し、市川団十郎の名は江戸歌舞伎界にとどろきわたった。

 また、「勧進帳(かんじんちょう)」という、おそらく一般的に最も有名であろう作品がある。源義経を守る弁慶の忠誠心が描かれた名作だが、これは初代団十郎が演じた原型をもとに、七代団十郎が能(謡曲)の様式を取り入れ創り上げたものだ。勧進帳は現在でも繰り返し上演される定番中の定番。おそらく近現代の歌舞伎における最大のヒット作であろうと著者は述べている。

天保の改革で江戸から追放された七代団十郎

 人気が衰えることはほとんどなかったとはいえ、350年もの長い歳月にわたり一つの名跡を継承するのは決して楽ではなかったはずだ。本書には、代々の団十郎が平たんではない道を歩み、時代の荒波にもまれ苦心したエピソードも織り込まれている。

 たとえば、1841年に始まった水野忠邦による天保の改革は質素倹約をすすめるものだったが、その一環として七代団十郎は江戸から追放された。芝居に使う衣装や小道具がぜいたくだという理由からだった。他の役者の衣装や小道具も同じようなものであったのにかかわらず、目立つ団十郎だけがいけにえにされたのだ。

 そんな紆余曲折(うよきょくせつ)がありながらも、どの時代の団十郎もその時代の風潮や文化と擦り合わせながら、団十郎家とその芸を守ってきた。本書でそれを知ることで、十三代団十郎を襲名する海老蔵の動向がますます気になってくるかもしれない。(担当:情報工場 安藤奈々)

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2017年6月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店