2017年7月の『押さえておきたい良書』
ペットとして飼育している人はもちろん、道端で見かけると思わず声をかけてしまう「猫好き」の人は多いのではないだろうか。猫は犬とは違い気まぐれで、人間が期待するように動いてくれないことも多い。猫好きは、そんなところにも引きつけられるのだ。
行動が自由で気まぐれゆえに、犬のように芸を仕込むのも難しい。そんな猫が、医療や介護の現場で活躍しているのをご存じだろうか。本書『すべての猫はセラピスト 猫はなぜ人を癒やせるのか』では、アニマルセラピー(動物介在療法)に携わる「セラピーキャット」を紹介している。「ヒメ」という名の真っ白な毛並みの猫による“治療”や“介護”に密着。認知症や知的障害、精神疾患を抱える人たちが、猫の存在によって少しでも回復に向かったり、心を開きかけたりする様子から、アニマルセラピーの可能性、人の心が“癒やされる”とはどういうことなのか、さらには猫の心の中に何があるのか、といった考察を進めている。
著者はノンフィクション作家で、主に医学・医療分野の雑誌・書籍の編集・出版に従事している。『牛と土 福島、3.11その後。』(集英社)で第37回講談社ノンフィクション賞と第58回日本ジャーナリスト会議賞(JCJ賞)を受賞した。
「この人はセラピーを必要としている」と猫自身が判断
会話が全く成立しない人、働きかけても反応が見られなかった人が、「ヒメちゃん」と呼びかけてくる。これはすごいことだ。”(『すべての猫はセラピスト 猫はなぜ人を癒やせるのか』p.56より)
上記は、2013年2月、茨城県龍ケ崎市にある牛尾病院の介護療養病棟での一コマだ。本書の主人公、ヒメは、この病院で認知症の患者たちを癒やすセラピーキャットとしてデビューした。ヒメは2007年生まれ。飼い主はアニマルセラピーの実践家で応用動物行動学者の小田切敬子氏だ。
小田切氏によると、ヒメは怖がりで、気質的にはセラピーには不向きなのだそうだ。出かける直前も逃げ隠れする。でも、現場に着くとリラックスして、自分から進んでセラピーの対象者の膝に乗るのだという。おそらくヒメは、認知症の患者さんたちの穏やかな様子に、「この人はセラピーを必要としている」と判断できている、小田切氏はそう分析する。
「癒やし、癒やされる」相互的な関係性が回復につながる
アニマルセラピーでは犬が使われることがほとんど。猫による実践例は、非常に少ないそうだ。ただ、著者はヒメの活躍を目にして、キャットセラピーの可能性を確信しているようだ。
セラピーの対象者にとって、言葉ではなく猫をなでたりすることでダイレクトに感情を伝えられるのはうれしいことであるに違いない。また、アニマルセラピーには「逆セラピー」という考え方もあるという。ふだんケアされる側の人が、犬や猫の世話をすることで、「元気のもと」が得られる、ということだ。「癒やし、癒やされる」相互的な関係が回復や治療につながる。
著者は、猫が好きなように行動する自由な様子を見ることで、がんじがらめになった精神疾患の患者さんの心が解けていくのではないか、とも想像する。「あんな生き方もあるんだ」と安心するのだろう、と。猫好きの心の奥底にも、そんな猫に対する一種の憧れの気持ちがあるのかもしれない。(担当:情報工場 吉川清史)