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2017年9月の『視野を広げる必読書

『技術は戦略をくつがえす』

第1次、第2次世界大戦の欧州での戦いに見る最新テクノロジーをビジネス戦略に活用する秘訣とは

『技術は戦略をくつがえす』
藤田 元信 著
クロスメディア・パブリッシング
2017/05 336p 1,680円(税別)

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技術者ではないリーダーがどのように技術を使うのか

 数年前、私はIT系の大企業でマネジャーをしていた。以下は、その頃の出来事である。

 既存ビジネスの将来的な需要減を想定し、新しいテクノロジーを用いたアプリケーションを開発することにした。それを既存顧客に売り込むのである。
 まずは人材をと思い、新技術への造詣が深いベテランのエンジニアをパートナーにした。私自身も元は技術者であり、最新のテクノロジーについては一通り理解していた。技術動向に詳しい人ならうまくいくだろうと思い、技術調査、海外事例の収集、サンプルの開発と駒を進めていった。

 だが、次のステップでブレーキがかかった。資金面で上層部に相談したところ、鋭い質問の矢が次々と飛んできたのだ。「ニーズのある顧客を具体的に想定できているのか?」「製品コンセプトは固まっているのか?」「マーケティングやファイナンスなど各部門との連携はとれているのか?」といった具合だ。我々はうまく答えられず、計画は頓挫した。

 当時の私に何が足りなかったのだろうか。本書『技術は戦略をくつがえす』は、その疑問に答えるヒントを示してくれる。

 本書では、2つの世界大戦の主として欧州での戦いを例にとり、軍事技術とその活用について論じている。当然かもしれないが、勝者となった“名将”たちは、いずれも軍事技術の研究開発に直接携わっていない。しかし、ある将は、使える技術をいち早く見つけ、その技術の研究を支援した。またある将は、既存技術の特徴を的確に捉え、まだ活用されていない長所を引き出している。このように、技術者ではないリーダーが技術をどのように活用し、戦略に生かせるかを、本書から学べるだろう。

 著者の藤田元信氏は現在、防衛省外局の防衛装備庁技術戦略部に勤務。自衛隊の装備品の創製に従事するかたわら、戦略と技術の関係について独自に調査研究を行っている。

市場を戦場に、製品を兵器に置き換えて考える

 企業戦略を考える有名なフレームワークに「アンゾフのマトリックス」がある。米国の経営学者イゴール・アンゾフが提唱したもので、市場を縦軸、製品を横軸にとった4象限上に、以下のように戦略を分類している。

(1)市場浸透戦略:既存の市場を相手に、既存の製品で戦う
(2)市場開拓戦略:既存の製品を、新しい市場に売り込む
(3)製品開発戦略:既存の市場に、新しい製品を開発し売る
(4)多角化戦略:新しい市場に、新しい製品を開発し投入する

アンゾフのマトリックス

 本書では、上記4つのうち(2)と(3)について、市場を「戦場」に、製品を「兵器」に置き換えて、戦争における戦略を分析している。その際、(2)の市場開拓戦略は「戦場開拓戦略」となり「既存の兵器を、それまで使われたことがない戦場に投入する」、(3)の製品開発戦略は「兵器開発戦略」に変換され「既存の戦場に、新しい兵器を開発し投入する」となる。

 戦場開拓戦略を成功させるには、既存技術の機能を熟知していなければならない。この戦略の名将の1人として本書に紹介されているのが、ドイツのエルヴィン・ロンメルである。ロンメルは1940年に、最新式の重装甲戦車を擁する英国軍との戦いに勝利を収めた。その際、本来は航空機を狙うためのものだった対空砲を、戦車への攻撃に使った。

 対空砲を地上目標の攻撃に使用できることは、第2次世界大戦前のスペイン内乱で偶然発見されたといわれている。ロンメルはこのことを知っていたのだ。彼は、既存技術である対空砲について熟知し、まだ活用されていない長所を引き出す能力にたけていたのだろう。

 一方、兵器開発戦略では、将来の可能性を秘めた萌芽(ほうが)段階の技術を見つけるのが重要となる。第2次世界大戦時に英国空軍が新技術であるレーダー技術を開発して防空監視網を構築し、ドイツ空軍を打ち破ったのが好例である。

 当時のレーダー技術は実用化にはほど遠い段階だった。それでも英国空軍は戦いにおけるレーダーの重要性を予見し、開発が不完全でも、他に先がけて戦場への投入を優先した。その際、まだ技術が十分でないタスク、たとえば敵機かどうかの判別などは地上監視員が目視で行った。英国空軍はこのように、既存の技術や方法を臨機応変に組み合わせて防空システムをいち早く構築したのだ。

新技術を生かすカギは「重量級プロジェクトマネジャー」

 本書では、戦略を決定する上でのキーになる技術開発を成功させるにはどうすればよいか、組織面に着目した分析も行われている。

 その1つが、世界で初めて戦車を開発し、戦場に投入した英国陸軍のケースだ。戦車は1916年、第1次世界大戦の連合軍とドイツ軍の戦いで初めて使用された。塹壕(ざんごう)戦による膠着状態を打破するのに、英国陸軍のアーネスト・ダンロップ・スウィントン中佐が、民間向けのトラクターに装甲を施すアイデアを提案したのが始まりとされる。

 スウィントン中佐はアイデアを、最初は帝国防衛委員会(当時の英国の国家戦略を立案する委員会)に提案した。しかし、陸軍がほとんど興味を示さなかったこともあり、却下されてしまう。そこで、政府高官の前でアイデアを実演することにした。それを見た当時の海軍大臣、ウィンストン・チャーチルは感銘を受けた。そして、彼が設置していた海軍陸上軍艦委員会で試作車を製作する運びとなったのだ。

 本書の著者はこうした経緯から「技術の研究開発に直接携わる科学者・技術者と、彼らが活躍できる組織や環境を整える理解者・支援者が両方とも必要である」という教訓を引き出している。戦車のケースでの理解者・支援者とは、もちろんチャーチルである。

 では、理解者・支援者にどういった資質が求められるのだろう。
 東京大学の藤本隆宏教授とハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク教授が、自動車産業における開発組織の研究から抽出した「重量級プロジェクトマネジャー」の概念が参考になるかもしれない。

 重量級プロジェクトマネジャーとは、開発組織を率いるリーダーであるが、開発のみならず、生産や営業を含む幅広い分野の部門間調整にも責任を持つ存在。さらには、製品コンセプトの創造および実現にも責任を負う。そのために、将来市場への想像力、顧客ニーズの予測力も必要だ。

 戦車の開発においてチャーチルが果たした役割は、まさしくこの重量級プロジェクトマネジャーだったのではないだろうか。

 冒頭で紹介した、私のアプリケーション開発の事例を思い出してもらいたい。私は明らかに重量級プロジェクトマネジャーの役割を果たせていなかった。なまじ技術者としての経験があったがゆえに、現場の技術者の立場でしかものを考えられていなかったのだ。

 技術面はパートナーのベテランエンジニアに任せ、自身はプロジェクトマネジャーの役割に徹するべきだった。そうすれば、スウィントンとチャーチルのような“名コンビ”で、目的を達成できたのかもしれない。(担当:情報工場 足達健)

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2017年9月のブックレビュー

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