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2017年9月の『押さえておきたい良書

『Mr.トルネード』-藤田哲也 世界の空を救った男

日本では無名の天才日本人科学者の劇的な生涯を追う

『Mr.トルネード』
 -藤田哲也 世界の空を救った男
佐々木 健一 著
文藝春秋
2017/06 292p 1,800円(税別)

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 昨今の豪雨災害をみてもわかるように、気象は人命に関わる、いや、少し大げさに言えば人類の存亡にも影響しよう。だが、日本では気象学はそれほどメジャーな学問とは言い難い。世界的な業績を残し、結果的に多くの人命を救った日本人の天才気象学者がいたことも、日本では知る人が少ない。

 Mr.トルネード。その気象学者はそんな愛称でも知られていた。本名は藤田哲也である。1920年生まれ。32歳で渡米しシカゴ大学に奉職、わずか十数年で竜巻研究の第一人者となる(1998年没)。名前のイニシャルを冠した「Fスケール」は竜巻の大きさを表す指標として世界中で使われた(現在は改良版が使用されている)。

 NHK総合テレビのドキュメンタリーシリーズ『ブレイブ 勇敢なる者』では、2016年5月2日に「Mr.トルネード 気象学で世界を救った男」と題し、藤田氏を取り上げた。本書『Mr.トルネード』は、反響の大きかった同番組の企画・制作過程での取材内容を、担当したNHKエデュケーショナルのディレクターが評伝として再構成したものである。

原爆、竜巻被害から航空機の敵「ダウンバースト」を発見

 前述のように藤田氏は竜巻研究のエキスパートでFスケールの開発者だ。しかし、それ以上に同氏の重要な業績とされているのが「ダウンバースト」の発見。積乱雲の発生などの原因により突然起きる強烈な下降気流で、地面に衝突し放射状に広がる爆風をもたらす現象だ。

 藤田氏が発見し、対策が打たれる前には、後になってダウンバーストが引き起こしたとわかる航空機事故が頻発していたという。多くの死者も出ていた。とくに1975年6月24日にニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港におけるイースタン航空66便の着陸失敗事故では乗客124人のうち112人の命が一瞬にして奪われた。その時の天候には、着陸に失敗するような要素はほとんどなく、当初原因はわからなかった。

 藤田氏は、当時米国で最悪の航空機事故となったこの事故の原因を調べるうちに、ふと過去に調査した2つの現場がフラッシュバックした。1945年の長崎原爆投下直後と、1974年に米国中西部・南部広域に発生した140超の竜巻による災害「スーパー・アウトブレイク」の被害状況の映像が脳裏に浮かんだのだ。これらは66便の事故被害の様子と酷似していた。

 そこからダウンバーストのメカニズムを解明し、論文で発表。その後、藤田氏は実際のダウンバースト発生の現場に立ち会うことに成功、観測して証拠を示した。そうして世界の空の安全性は格段に高まったのだ。

気象学のシャーロック・ホームズ、気象界のディズニー

 藤田氏には、Mr.トルネード以外にもいくつか異名があったようだ。「気象学のシャーロック・ホームズ」というのもその1つ。これは彼の徹底した現場主義、実証主義をあらわしたものだ。

 現場で何が起きたかをよく観察し、そこから疑問や着想を得る。藤田氏自身の申告によると、生涯で約2万枚に及ぶ写真を撮影した。危険を顧みず、気象コンディションの悪い中、調査用の飛行機に乗り込むこともよくあったそうだ。

 「気象界のディズニー」と呼ばれることも。藤田氏の論文には、自ら描いたカラフルな気圧配置図や雲の動きのイラストがふんだんに掲載されている。その、学術論文の一般的イメージからかけ離れたわかりやすさは、ディズニーばりのエンターテインメントに近いものだったのだろう。

 藤田氏の大胆な仮説が他の研究者たちの反発を呼び、バッシングされることもあった。そんな逆風にも勇猛果敢に立ち向かったMr.トルネードの人生は、きっと多くの人の共感と感動を呼ぶにちがいない。(担当:情報工場 吉川清史)

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2017年9月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店