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2017年9月の『押さえておきたい良書

『定年後』-50歳からの生き方、終わり方

この世を去るまでずっと生き生きと過ごすために“今”必要なこと

『定年後』
 -50歳からの生き方、終わり方
楠木 新 著
中央公論新社(中公新書)
2017/04 256p 780円(税別)

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 企業に勤めるほとんどのビジネスパーソンが必ず迎える「定年」。だが、その後の生活を具体的に想定する人は、中高年でも少数派かもしれない。今は目の前の実務をこなすので手いっぱい、「のんびり過ごす」などといった漠然としたイメージしか抱いていない人が多いのではないか。

 日本人の平均寿命をもとにざっと計算すると、60歳の定年後に自由に使えるのは8万時間ほどだ。これは、就職してから定年を迎えるまで約40年間の実働時間にほぼ匹敵する。

 本書『定年後』では、自らも定年を経験した著者が、それほど膨大な退職後の時間を使いこなすのがいかに難しいかを、実感を交えて描写している。そして、定年退職者たちへの取材をもとに、定年後を有意義に過ごす心構えやメソッドを考察。地域社会や家族との関わり方、最期の迎え方など、定年後の諸問題についても幅広く論じている。

 著者は大手生命保険会社在職中から「働く意味」をテーマに執筆や講演活動を行っていた。2015年に定年退職し、現在は楠木ライフ&キャリア研究所代表として活動。神戸松蔭女子学院大学非常勤講師も務める。

定年後は名前をまったく呼ばれなくなる

“私にとって一番印象的だったのは、誰からも名前を呼ばれないことだった。どこにも勤めず、無所属の時間を過ごしていると、自分の名前が全く呼ばれない。(中略)
 退職した年の年末に行った病院で、順番が来た時に看護師さんから「○○さん、次が診察ですのでこちらでお待ちください」と声をかけられたのが唯一だった。”(『定年後』p.42-43より)

 上記引用は著者の実体験だそうだ。現役で仕事をしていると、毎日必ずと言っていいほど「○○さん」「○○部長」などと名前で呼ばれる。だが定年後はその機会が激減することが多い。著者自身、この「名前を呼ばれない」ことによる孤立感は、退職後に訪れるさまざまな環境の変化の中でも、とくに胸にこたえたという。

 定年後の孤立感を最小限にするには、現役時代から自己を会社に同化させすぎないのが肝心と、著者は言う。若いうちは仕事に没頭するのもいいが、中高年にさしかかったあたりからは、家族や昔からの友人を大切にするなど、徐々にプライベートな方向に気持ちや行動をシフトしていくのが得策なのだろう。

子ども時代に好きだったことがヒントに

 定年退職前後に、定年が存在しない職人やボランティアなどに転身する人も、もちろん多い。著者は、そういった人たちに、とある共通点を見いだしたそうだ。それは「子どもの頃に好きだったこと」への回帰だ。

 たとえば、通信会社の社員だったが、定年退職して提灯(ちょうちん)職人の道を歩み始めた人がいる。彼は、子どもの頃からものづくりが好きだった。職人気質があることは現役時代から自覚していたが、定年を迎えるまでそれを生かす機会がなかった。

 定年後を生き生きと過ごす上でもっとも重要なのは「主体性」だという。「好き」という気持ちは主体性の原動力となる。子ども時代に夢中になっていたことは、その人の核となるものに結びついているのだろう。だからこそ、定年を迎え鎧(よろい)を脱いだ自分の行動原理になるのではないだろうか。

 そろそろ定年が視野に入ってきた人はもちろん、定年前後の年齢の親がいる世代にとっても、本書は示唆に富むだろう。さらに、「定年などまだまだ先のこと」という若い世代も、本書を参考に、時には定年後を想像してみてほしい。それが「今」をどう生きるかにもつながるはずだ。(担当:情報工場 安藤奈々)

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2017年9月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店