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2017年9月の『押さえておきたい良書

『論理的思考力を鍛える33の思考実験』

正解がない難題に立ち向かうためのドリル集

『論理的思考力を鍛える33の思考実験』
北村 良子 著
彩図社
2017/04 256p 1,300円(税別)

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 ビジネスや日常生活において難しい判断や決断を迫られることがある。簡単に答えを出せないときに武器になるのが論理的思考力。それを磨き上げるのに、とっておきの方法がある。思考実験だ。

 本書『論理的思考力を鍛える33の思考実験』では、思考実験を「ある特定の条件の下で考えを深め、頭の中で推論を重ねながら自分なりの結論を導き出していく」ものと定義。そして、有名なものから著者オリジナルの作品まで、33の思考実験を紹介している。倫理観を問う、数のトリックを味わう、想像力を駆使するなど、さまざまな楽しみ方ができる幅広い設問が取り上げられている。

 著者はパズル作家で、クイズ制作会社の有限会社イーソフィア代表。日々パズルを作成する中で思考実験と出会い、パズルと同様に脳を鍛え、かつ楽しめるものだと気づいたそうだ。

知識、経験、倫理観を総動員して思考する

 英国の倫理学者、フィリッパ・フットが1967年に提示した「暴走トロッコと作業員」は、もっとも有名な思考実験といえるのではないか。次のような設問だ。

 石を積んだトロッコが線路上を暴走し、向かう先の線路上で5人の作業員が仕事をしている。このままでは5人は全員ひかれて死んでしまうだろう。しかし、あなたは線路の切り替えスイッチの近くにおり、トロッコの進行方向を変えられる。ところが、切り替えたとしても、進路の先には1人の作業員がいる。作業員は全員、トロッコの暴走に気づいていない。あなたは何もせず傍観するか、それともスイッチを切り替えるか?

 この問いには「スイッチを切り替える」と答える人が多数派なのだそうだ。5人の命を救うために1人を犠牲にするのはやむをえない、というのが理由だ。

 一方、「切り替えない」と答える少数派は、次のように考えるという。トロッコの進路上にいた5人はもともとひかれる運命にあった。スイッチを切り替える行動は、本来であれば無関係の1人を意図的に殺すに等しい。どのような状況でも殺人は許されない。

 多くの思考実験がそうであるように、この問いにも正解はない。自分ならばどう行動するか、その根拠は何か、と思考を深め、これまでの経験や培ってきた知識、倫理観などを総動員して結論を見いだすプロセスに、思考実験の意義がある。

なぜ、問いの本質は同じでも状況で結論が変わるのか

 上記の「トロッコ問題」に類する、次のような思考実験がある。

 あなたは医者だ。勤務する病院の入院患者のうち5人が、それぞれ異なる臓器の移植を必要としていた。ドナーが現れるのを待っていたら、全員命が危うい。ある日病院に、この5人とは無関係の1人の健康な男性が訪れた。あなたがこの人をこっそり安楽死させ、その臓器を用いて5人の患者の命を救うことは許されるだろうか。

 おそらく多くの人が「許されない」と答えるだろう。だが考えてみてほしい。「許される」とした場合、無関係の1人の命を奪うことで5人の命を救うという点では、「トロッコ問題」で(多数派だった)「切り替える」と答えるのとまったく同じなのだ。

 つまり「5人と1人の命、どちらを優先するか」という判断は一緒でも、状況によって結論が変わることがある。なぜ変わるのか、その理由について思考を巡らせるのも楽しい。思考実験ならではの面白さといえるだろう。

 最後に本書からもう1問。ぜひ考えてみてほしい。
 あなたはギャンブルの真っ最中。ルーレットでここまで赤の目が9回連続で出ている。さて10回目、あなたは赤と黒のどちらに賭けるべきか。(担当:情報工場 安藤奈々)

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2017年9月のブックレビュー

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