1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2017年9月号
  4. OPTION B(オプションB)―逆境、レジリエンス、そして喜び―

2017年9月の『押さえておきたい良書

『OPTION B(オプションB)―逆境、レジリエンス、そして喜び―』

最愛の夫を亡くしたビジネスリーダーの葛藤と再生を描く

『OPTION B(オプションB)―逆境、レジリエンス、そして喜び―』
シェリル・サンドバーグ/アダム・グラント 著
櫻井 祐子 訳
日本経済新聞出版社
2017/07 296p 1,600円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

 ことの大小や回数の違いはあれど、「喪失」の経験は誰にでもあるだろう。とくに身近な人の死ほど、心に負担を与える喪失体験はない。何も考えられないし、何もしたくなくなる。生きる意欲が失われることさえある。

 本書『OPTION B(オプションB)―逆境、レジリエンス、そして喜び―』の主著者、シェリル・サンドバーグ氏を襲ったのは最大級に近い喪失だ。フェイスブックCOO(最高執行責任者)、女性ビジネスリーダーの代表格でもあるシェリルが喪(うしな)ったのは夫、デーブ・ゴールドバーグ氏。彼は米国インターネット調査最大手サーベイモンキーのCEO(最高経営責任者)を務めていた。夫婦で旅行中のメキシコで、ホテルのジムで運動中に突然死した。享年47歳。

 本書のテーマはレジリエンス。「復元力」「折れない心」などと訳されるが、本書では、シェリルがどのように深く負った心のダメージから立ち直り、レジリエンスを獲得したかが描かれている。タイトルの「OPTION B」は「第二の選択肢」を意味する。事実を受け入れ「別の人生」を歩むシェリルの決意を象徴している。

 共著者のアダム・グラント氏はペンシルベニア大学ウォートン校教授。シェリルの友人で、心理学者として彼女にアドバイスし続けた。著書に世界的ベストセラー『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(いずれも三笠書房)がある。

「調子はどう?」ではなく「きょうの調子はどう?」

 著者は、心理学者マーティン・セリグマンの研究を引用し、「3つのP」が苦難からの立ち直りを妨げるとしている。すなわちPersonalization(自責化)、Pervasiveness(普遍化)、Permanence(永続化)だ。自責化とは、ネガティブな出来事の原因が自分にあると考えること。普遍化は、その出来事が人生のすべてに関係すると思い込むことを指す。永続化は、シェリルいわく「もっとも厄介な」心の動き。その出来事による悲しみなどのマイナス感情が永遠に続くと感じてしまう。

 3つのPはいずれも事実ではないことがほとんどだ。暗闇から抜け出すには、その「事実ではない」という事実をひとつひとつ、焦らずたゆまず証明していかなければならない。

 周囲の人の支えこそが、最大の力になる。シェリルの体験からも明らかだ。その際「あえてその話題に触れない」のはかえってよくないのだという。根掘り葉掘り聞くことはないが、常に相手と、相手の抱える問題に寄り添う態度が肝要だ。「調子はどう?」はNGで、「きょうの調子はどう?」と声をかけるのがよい。違いがおわかりだろうか?

組織のレジリエンスや人材育成のヒントも

 静かな筆致でたどられる「喪失と再生」の物語、葛藤と気づき、復活の心理描写には、多くの人が胸を打たれるはず(白状すると私も50ページに一度くらい涙ぐんだ)。その意味で本書はパーソナルな書といえる。しかし、グラント氏によるものをはじめとする、さまざまな研究成果やインタビューも適宜バランスよく織り込まれている。それらにシェリル自身の耐えがたいが貴重な経験がマッチし、説得力が与えられているのだ。

 本書からは、組織のレジリエンスや、人材育成、地方創生などでのコミュニティーの作り方などへのヒントも得られる。その意味では、パーソナルでありつつも、まぎれもないビジネス書である。

 自分自身も、これまで両親との死別や大切なパートナーとの別離など、数多くの喪失を体験してきた。いずれからも時間の経過とともに少しずつ立ち直ってきたのだが、心の奥底に堆積した澱(おり)を感じることもある。それらを取り除くのに、今からでも遅くはないのかもしれない。読後、そんなことを感じた。(担当:情報工場 吉川清史)

amazonBooks rakutenBooks

2017年9月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店