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2017年11月の『視野を広げる必読書

『2030年ジャック・アタリの未来予測』‐不確実な世の中をサバイブせよ!

人類存亡の危機まであと十数年! 私たちにできることとは?

『2030年ジャック・アタリの未来予測』
 ‐不確実な世の中をサバイブせよ!
ジャック・アタリ 著
林 昌宏 訳
プレジデント社
2017/08 224p 1,800円(税別)

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今の保育園児が成人する頃、世界はどうなっているのか

 先日、4歳になる息子が通う保育園の運動会を参観した。
 天気もよく、わが子はもちろん、元気いっぱいに走り回るすべて園児の成長を、とても頼もしく思った。この子たちが世界の将来を担っているのだ、と。

 だがその一方で不安がよぎったのも確かだ。この子どもたちが成人するのは2033年前後だ。その頃、世界はどうなっているのだろうか。

 今年も災害が少なくなく、異常気象は年々ひどくなっているように感じる。また日本では猛烈な勢いで高齢化が進行中だ。社会保障費や国の借金は膨張する一方だが、そのツケを、目の前で駆け回っているこの子たちに押し付けてしまうのか。

 今から十数年後、どれくらいの人が希望をもって生きているだろうか?

 本書『2030年ジャック・アタリの未来予測』では、“欧州の知性”とも称されるフランスの思想家・経済学者であるジャック・アタリ氏が2016年時点の世界状況を分析し、その結果をもとに2030年の世界を大胆に予測している。その未来は科学技術の進歩など明るい面もあるが、おおむね暗たんたるものだ。私たちが未来の世代のことを考えずに利己的な態度をとり続ければ、とてつもない危機を招き入れるのは間違いないと、アタリ氏は警鐘を鳴らしているのだ。

 本書のフランス語の原題を日本語にすると「あさってを生き生きと」という意味になるらしい。この「あさって」とは2030年を指すのだろう。「生き生きと」と言うからには、危機的な未来にも果敢に立ち向かい、悲劇を避けるべく前向きに行動していこう、というのが著者のメッセージであるに違いない。

 ジャック・アタリ氏はフランス国立行政学院(ENA)卒業後、フランソワ・ミッテラン仏大統領顧問、欧州復興開発銀行の初代総裁などの要職を歴任。2007年には当時のニコラ・サルコジ大統領の諮問委員会「アタリ政策委員会」の委員長になり、現フランス大統領のエマニュエル・マクロン氏を委員に抜てき。政治基盤のないマクロン氏を大統領にまで押し上げるのに大きな役割を果たした。

グローバルな市場を縛る法律やルールが存在しない

 アタリ氏は、今の世界が「憤まん(怒りのやり場がない思い)の社会構造」になっているとする。その原因は「市場」と「民主主義」の関係にある。グローバリゼーションの影響で両者の関係が不安定になったというのだ。その不安定さが人々の心を不安にし、やがて怒りに発展、さらに憤まんへとエスカレートしていった。

 資本主義経済の下、市場が発展するにつれ中産階級が育っていった。中産階級は自由と平等を好むが故に民主主義が普及する。すると、それぞれの国や地域で、民主主義の原則に従い市場のルールや仕組みが整備されるようになる。

 このように市場と民主主義は互いに影響を与えながら強化されていったのだ。

 だが、グローバリゼーションが進展すると、市場が暴走し始める。グローバルな市場を縛る明示的な法律や仕組みが存在しないことが原因だ。その結果、市場での成功者に富が集中、格差が広がった。

 また、市場で自由が追求されると、「自分さえ良ければいい」という利己主義的風潮がまん延してくる。これに関してもグローバルな市場ではコントロールするすべがない。

 こうした状況の中、リーマン・ショックのような地球規模の危機が起こった。するとそれをきっかけに憤まんが「激怒」に変わる可能性が生じた。

 激怒が支配する社会では、過激な宗教原理主義が跋扈(ばっこ)し、テロリズムを誘発する。民主主義は見捨てられ、全体主義が息を吹き返す危険性も出てくる。そして行き着く先は「戦争」だ。次に地球規模の戦争が勃発すれば、人類文明は終焉(しゅうえん)を迎えるかもしれない。

阪神・淡路大震災と子どもの誕生がそれぞれ変化のきっかけに

 こうしたアタリ氏が予測する悲劇に対しては、無力感を抱かざるを得ない。だが、私たちは果たして「何もできない」のだろうか。

 アタリ氏は、希望はあると指摘している。どうすればよいか。アタリ氏が強調するのは利己主義の逆、「利他主義」の重要性だ。つまり、自分のためだけでなく、他者、そして次世代のために行動する、ということだ。利己主義が世界を滅ぼそうとしているのならば、逆に私たち一人ひとりが自らの内面を変革し、利他主義者を目指せばいい、ということだ。

 このアタリ氏の主張は、抽象的な理想論にすぎないように見える。そう簡単に人は内面を変革できるものなのだろうか。しかし、私は自分自身の経験から不可能ではないと信じる。個人的なことではあるが、その経験を紹介したい。

 阪神・淡路大震災が起きた1995年当時、私は神戸に住んでいた。幸い自身と家族は無事だったが、住んでいた街区は火災で燃え尽き、多くの方が犠牲となった。

 当たり前のようにあった日常が粉々に破壊された。無惨な状況を目の当たりにした私は、巨大な無力感にさいなまれた。今後、日本全国どこでも同じような災害がきっと起こるだろう。予測するのは困難で、誰もがいつ死んでもおかしくない。

 深い絶望を感じた私は、刹那的に生きる利己主義者となった。他者を思いやる心の余裕はほとんどなくなっていた。

 転機は、初めて子どもを授かった時に訪れた。愛おしいわが子に接し、あの震災以降初めて、自分以外の他者、特に次世代の子どもたちの幸せを願うようになった。他者への「共感」が芽生えたのだ。

 一方で、阪神・淡路大震災を経験したことで得た「いつ自分たちが死んでもおかしくない」という自覚は根強く残っていた。その自覚と共感が結びつき、私は「行動しなければ」という思いに駆られるようになった。

 そこで私は災害や病気、貧困で苦しむ子どもたちの支援を、自分自身に課すことにした。具体的にはNGO/NPOを支援するボランティア活動、寄付活動といった微々たるものだ。しかし、それは、以前の利己的な自分からは考えられない大変化だった。

一人ひとりが「死」を意識して「利他的」に行動するべき

 アタリ氏が本書で提案する「利他主義者になるためのステップ」は、私の体験に近いと思われる。
 そのステップはまず、自分自身と身の回りの人たちは「いつ死んでもおかしくないのだ」と認識するところから始まる。その上で死ぬまでの限られた時間を有効に活用し、充実した人生を送るべきと、自分に言い聞かせる。

 次に、他者や世界全体の行く先に関心と共感を持つ。本書の未来予測のように、現状と将来の世界を知ろうとする。そして、自分と世界は相互依存している、自分の幸福は他者の幸福に依存することを自覚するのだ。

 そこまでできれば、最終段階として他者にとって意義のある行動を立案し、実行できるようになるだろう。その行動は、必ずしも政治的である必要はない。身近な、小さなことで構わない。それが世界を変えるのにつながっていることを意識できればいいのだ。

 米国のジョン・F・ケネディ元大統領の演説に「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」という有名な一節がある。
 この中の「国」を、「世界」あるいは「他者」に置き換えてみてほしい。著者の言う利他主義の本質が理解できるかもしれない。

 諸問題を解決してくれるリーダーが救世主のように現れるのを待ち望むような受け身の姿勢では、いつまでたってもポジティブな変化は望めないだろう。私たち一人ひとりが意識を変え、利他的な行動をとることによって、最悪のシナリオを避けられるのだ。

 まずは本書のページをめくり、「2030年の未来」を十分に知ることから始めよう。それが、それだけが世界の危機を救うかもしれない唯一の第一歩と思われるからだ。

情報工場 エディター 足達 健

情報工場 エディター 足達 健

兵庫県出身。一橋大学社会学部卒。幼少期の9年間をブラジルで過ごす。文系大学に行きながら、理系の社会人大学院で情報科学を学ぶという変わった経歴の持ち主。システムインテグレータを経て、外資系のクラウドソフトウェア企業でITコンサルティングサービスに携わる。1児(4歳)の父。「どんなに疲れていても毎日最低1時間は本を読む」がモットー。人工知能などのITの活用や仕事の生産性向上から、子どもの教育まで幅広い関心事項を持つ。

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2017年11月のブックレビュー

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