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2017年12月の『視野を広げる必読書

『頭の中を「言葉」にしてうまく伝える。』

伝わらなくてモヤモヤする……、その処方箋は「古典」にあった!

『頭の中を「言葉」にしてうまく伝える。』
山口 謠司 著
ワニブックス
2017/10 200p 1,400円(税別)

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先人も悩んだ、言いたいことを相手にわかりやすく伝える方法

 私が以前所属していた会社で、初めて顧客への提案用プレゼンテーション資料の作成を任されたときのことだ。「良いプレゼンをするぞ!」と張り切りまくり、何時間もかけて作り込んだ。
 ところが、自信満々で上司に提出すると「何を言いたいのかよくわからない」「詰め込み過ぎで、整理されていない」などと散々な評価だった。

 自信と評価の落差にショックを受け、腹を立てながらも必死に反論した。だが聞き入れられず、揚げ句の果てに「もう一度頭の中を整理して出直せ!」と怒鳴られる始末だ。

 だが、自分の頭の中を整理し、言語化して相手に伝える戦略を練るというのは、たやすいことではない。そうした悩みは、古今東西、何千年も続いてきているのだ。それ故、『徒然草』『韓非子』『聖書』など、さまざまな古典の中にたくさんのヒントが詰まっている。

 本書『頭の中を「言葉」にしてうまく伝える。』では、そうした古典からのヒントをもとに、思考を言語化し、魅力的にアウトプットするための考え方と具体的方法を指南。「思考を整理する」「思考を言語化する」「語彙力をつける」「伝わりやすい言葉のパターンを選ぶ」というようにプロセスを分割し、それぞれについて即実践できるノウハウも紹介している。

 著者の山口謠司氏は大東文化大学文学部准教授で、書誌学、音韻学、文献学を専門とする。欧州各国の図書館に所蔵される日本の古典籍の調査や、中国唐代漢字音韻の調査など、日本と中国の古典に関する多くの研究実績がある。

儒教の教え「中庸」を意識して平常心を保つ

 冒頭の私の例のように「相手の心に響くプレゼンをしよう」などと力み過ぎるのは、大事な場面にこそありがちだ。あのとき、たとえ作成資料にそのままOKが出たとしても、本番で言いたいことが伝えられず、空回りするばかりで終わったであろう。

 こうした悩みに、古典はどんな解決のヒントを示しているのだろうか。
 著者は、孔子の『論語』などにある儒教の「中庸」という教えが重要と説く。中庸の「中」という漢字を横にしてみると、的の真ん中に矢が突き刺さっているように見えないだろうか。的の真ん中を矢で射抜くには、ちょうど良い力加減で射るのが肝要。力み過ぎても、力を抜き過ぎてもダメなのだ。

 中庸の「庸」には「常に」という意味がある。すなわち中庸とは「二極に偏らず、常に真ん中の状態でいなさい」という教え。「自然体で、平常心のまま」というのが、伝える際の中庸の姿勢なのだろう。

 確かに、プレゼンが上手な人からは、肩肘を張った必死さは感じられないことがほとんどだ。

 真っ先に思い出したのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤穰一氏だ。NHKのテレビ番組「スーパープレゼンテーション」のナビゲーターをされているので、ご存じの方も多いだろう。

 たとえば2014年のイノベーションをテーマとするプレゼンでは、東日本大震災の際に自身が関わったエピソードを語っている。深刻な出来事に対しても、重々し過ぎず、淡々とし過ぎることもなく、ちょうどよい温度で話を進めていた。プレゼン全体もリラックスした空気を醸し出しており、聴衆も自然と引き込まれているようだった。これぞ、まさに中庸といえるだろう。

 著者によると、中庸から得られる大事な教えには、もう1点ある。それは「結論を急いで決めてはいけない」ということ。なぜこれが重要かというと、他者の批評や反論を受け入れやすくなるからだ。

 「自分が伝えたいことはこれ以外にない!」と結論を急いで決めつけると、冒頭の私の例のように他者からの批評に反発してしまう。それでは到底良いアウトプットはできないだろう。

 この書評記事にしても、第三者からの指摘を受け入れ、何度か修正して完成している。私が「この内容しかない!」と自信満々で書いても、異なる方向のコメントをもらうことが多い。そうではなく、たとえば2通りくらいのストーリーを用意して、どちらがよいかを選んでもらうようにすると、コメントに耳を傾けやすくなる。

自分の伝えたいことの7割も伝われば十分

 儒学者の一人である荀子は『荀子』の中で、誰かの言葉を受け売りでそのまま伝えることを「口耳之学(こうじのがく)」と呼び、厳しく批判している。器の小さな人ほど耳から学んだことをすぐに口から出してしまう、というのだ。どこかのコメンテーターの意見や新聞の論評などを得意げにそのまま披露するネット上の書き込みなどが、これにあたるのかもしれない。

 著者は、口耳之学を避けるために、学んだことを自分の内側にしっかりためるよう心がけるべきだと述べている。そしてためたものをさらに深め、学び続けることで、ここぞというときに優れたアウトプットができる。

 インプットした内容について、自分なりに深掘りしてみる。もしくは自分の言葉に直してみる。それを続けることで、受け取った言葉が自分の血となり肉となっていく。そうすると「インプットをそのまま伝える」ということには、まずならない。

 とはいえ、インプットした言葉に感銘を受け、それをすべて伝えたいという思いに駆られることもあるだろう。だが、そのまま100%伝えるのでは口耳之学になってしまうし、なかなかこちらが期待するようにはうまく伝わらないものだ。

 そこで著者は、最初から「伝えたいことの7割も伝わればありがたい。本来は5割くらいでも大満足していい」といった意識を持っておくとよいと言っている。

 文章を書いた後にも「5〜7割伝われば十分」の精神でいちど見直してみるのがいいだろう。そこで著者は、文章から「4割」を基準にそぎ落としていくことを薦めている。まず文章をざっと書いてみて、それから伝えてもムダだと思われる情報や、そしゃくしきれてない言葉を削除していく。そうすることで、自分の内側のためから出てきた言葉だけを適切に伝えられるはずなのだ。

SNSでの「そのままシェア」は「口耳之学」

 本書にある古典からの教えは、SNSなどによる情報発信にも応用できる。たとえば私は常日ごろから社内のクローズドなSNSでさまざまな情報を発信している。特に、知らなかった新しい情報に触れたりすると、つながりのある人に役立つだろうとの思いから、すぐに共有するようにしている。ところが後で聞いてみると、どうも情報が十分伝わってないようなのだ。

 本書読後の今ならその原因はよくわかる。荀子の言う口耳之学に陥っていたのだ。自分の言葉でコメントすることなく、そのまま内容をシェアするのは、口耳之学そのものだ。

 そこで、すぐにシェアするのをやめ、一度インプットした情報を自分の内にためるようにしてみた。少なくとも1日以上は“寝かせる”。その上で、改めて情報を見直し、自分の中から言葉が出てくる内容だけを選ぶ。そして、その自分の言葉を添えてシェアするようにしたところ、伝わり方がだいぶ改善された。

 本書にあるさまざまな古人の知恵に照らして、これまでの自分の伝え方が妥当だったか、振り返ってみてほしい。きっと私のように改善ポイントを見つけられるのではないだろうか。

情報工場 エディター 足達 健

情報工場 エディター 足達 健

兵庫県出身。一橋大学社会学部卒。幼少期の9年間をブラジルで過ごす。文系大学に行きながら、理系の社会人大学院で情報科学を学ぶという変わった経歴の持ち主。システムインテグレータを経て、外資系のクラウドソフトウェア企業でITコンサルティングサービスに携わる。1児(4歳)の父。「どんなに疲れていても毎日最低1時間は本を読む」がモットー。人工知能などのITの活用や仕事の生産性向上から、子どもの教育まで幅広い関心事項を持つ。

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2017年12月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店