2017年12月の『押さえておきたい良書』
日本企業から「イノベーションが生まれにくい」という指摘はよく聞かれる。確かに日本企業は、高性能だが誰も使わないような機能が満載の新製品を打ち出し、世界市場で相手にされず“ガラパゴス”と揶揄(やゆ)されたりする。「技術ありき」で「消費者が商品を買う理由」を考慮に入れずに開発、改良を行ってしまうケースもあるのではないだろうか。
そんな新商品でも、運が良ければヒットする。だが、運任せではなく、イノベーションの成功を予測可能にする、とっておきの手法があるという。本書『ジョブ理論』で紹介される、クレイトン・M・クリステンセン氏らによる「ジョブ理論」がそれだ。
クリステンセン氏は、1997年に『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、邦訳は2000年)を発表。そこで打ち出された「破壊的イノベーション」論は、今やイノベーション理論の定番となっている。だが同氏はそこで満足せずに研究を続け、約20年をかけて、イノベーションの具体的な方法論であるジョブ理論を構築した。
マーガリンを「雇用」する本当の目的(ジョブ)は何か
ジョブ理論では、人は「片づけなくてはならないジョブ(用事、仕事)」を片づけるために商品やサービスを「雇用(購入して使用)」すると考える。すなわち、イノベーションの目的を、誰かのジョブを片づけるため、とする。多くの人が片づけようとしているジョブが何かを突き止め、その問題を解決するために雇用できる商品やサービスを作り出すのがイノベーションというわけだ。
人はなぜ、スーパーなどでマーガリンを買うのか。その問いをジョブ理論では、「人はどんなジョブを片づけるためにマーガリンを雇用するのか」と言い換える。
たとえばマーガリンが雇用されるジョブには「飲み込みやすいようにパンを湿らせる」というものが考えられる。その場合、競合するのはバターのほかにオリーブオイルやマヨネーズがある。そして、そのジョブをうまく片づけるには「冷蔵庫でコチコチにならないマーガリン」を開発するのが一つの方法となる。
マーガリンは別のジョブも片づけられる。「調理中に食材を焦がさないようにする」だ。その場合、ライバルはフッ素樹脂加工のフライパンなどになる。このジョブをうまく片づけるには、マーガリンが熱ですばやく溶けるようにするといいだろう。
マーガリンの新商品開発や改良のポイントを「味」だけにすると、その成功は、運任せとなりやすい。味の好みは千差万別だからだ。
重要なのは相関関係ではなく因果関係
イノベーションに先立ち「顧客分析」が行われることはよくある。商品が売れるであろう性別や年齢層などの属性を想定するのだ。だが、ジョブ理論では、そういった属性と売れ行きの「相関関係」はほとんど考慮されない。検討されるのは相関関係ではなく「因果関係」だ。
たとえばある新聞の購読者層は調べればすぐにわかる。「40代男性、管理職」がもっとも多い、といった結果が出る。しかし、40代の管理職“だから”その新聞を購読する、という人はまれだろう。その新聞が購読される“本当の”理由、すなわち購読者が片づけたいジョブは「情報収集をする」「暇をつぶす」「他人から博識な人物と思われる」といったところのはずだ。これらのジョブに、年代や性別、職業はあまり関係ない。
普段から、身の回りのモノやサービスについて、それらが雇用されるのは、どういうジョブを片づけるためなのか、考える習慣をつけてみたらどうだろうか。おのずとイノベーション的な発想力が鍛えられるに違いない。
情報工場 エディター 宮﨑 雄
東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒。前職ではHR企業にて採用・新規事業開発に従事。情報工場ではライティングの他、著者セミナーの運営などを担当。その他の活動には、マンガ情報メディアでの記事の執筆、アナログゲームの企画・制作など。好きな本は『こころ』『不実な美女か貞淑な醜女か』。好きな場所は水風呂。