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2018年1月の『視野を広げる必読書

『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』

デジタル革命は本当に皆を「幸せ」にするのか?

『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』
ライアン・エイヴェント 著
月谷 真紀 訳
東洋経済新報社
2017/10 376p 1,800円(税別)

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先進国の経済格差が「自国第一主義」を呼び込む

 米国でトランプ政権が誕生して1年になろうとしている。トランプ大統領が就任早々「米国第一主義」を主張し、自国経済を保護する政策を次々に打ち出したのは記憶に新しい。

 欧州でも同様の動きが進行しているように思える。フランスの2017年大統領選で極右政党とされる国民戦線党首のマリーヌ・ルペン氏が「フランスを取り戻す」というメッセージで支持者を集めた。英国のEU離脱の背景には移民問題がある。

 いずれの国でも経済格差が拡大している。その原因がグローバリゼーションや移民・難民の増加にあるとの見方を背景に、自国第一主義の傾向が先進各国で顕著になってきているのだ。

 本書は、経済格差拡大の原因の一端がデジタル技術の発展にあるとしている。デジタルエコノミーの構造が、従来のやり方での富の配分を難しくしているということだ。そしてそれを前提に、新たな富の再分配の仕組みの必要性とその問題点を論じている。

 著者のライアン・エイヴェント氏は、2007年から「エコノミスト」誌で世界経済を担当。現在は同誌のシニア・エディター兼経済コラムニストを務めている。

 本書の原題は“The Wealth of Humans”。直訳すれば「人類の富」となるが、これは経済学者アダム・スミスの『諸国民の富の性質と原因の研究(国富論:An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)』へのオマージュである。同書は、18世紀後半の産業革命以後の経済がどのような理論にのっとって進むのかを論じた、近代経済学の端緒となった名著だ。

 『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』でエイヴェント氏は、デジタル革命を産業革命に匹敵するインパクトを社会に与えるものととらえ、これからの新たな政治や経済の仕組みづくりに向けて一石を投じようとしている。

 いったい何が変わり始めているのだろうか。

デジタル技術の進歩が、なぜ経済格差を広げるのか

 エイヴェント氏は、デジタル技術の進歩が「労働力を余らせる(余剰を生み出す)」と主張。そしてその要因として「自動化」「グローバリゼーション」「スキルが高い少数の人間の生産性の向上」の3つを挙げる。

 自動化とは主に、それまで人間が操作していた機械がコンピューターで自動制御されることを指す。そうなれば、いうまでもなく操作する人間が不要になり、労働力が余る。

 2つ目の要因であるグローバリゼーションとは、インターネットをはじめとするITの活用で、競争やサプライチェーンが世界規模になることだ。企業が世界中から必要なスキルを有した労働者を見つけ出し、最適な条件で雇用できるようになると、労働者は他国の労働者との競争にさらされる。

 例えばオフショア開発(ソフトウエア開発などを海外の現地企業や子会社にアウトソースすること)が推進された結果、日本のプログラマーはインド人プログラマーと競争しなければならなくなった。

 この場合、インドの平均賃金は今のところ日本より低いので、インド人の労働者が有利だ。日本人のプログラマーは採用されずに余ることになる。あるいはもし採用されたとしても、賃金は下がらざるを得ない。

 最後に挙げられた、スキルが高い少数の人間の生産性の向上は、スキルの高い一部の労働者がデジタル技術を駆使することで、以前は多人数を要した仕事が少人数でできるようになることを意味する。

 例えばスキルワーカーである弁護士や弁理士。現状の一般的な業務では、依頼事案と同じようなケースを過去の膨大な事案の中から見つけ出すといった、単純だが手間のかかる作業が発生する。だが、そうした手作業を検索技術に優れたAIに任せられればどうだろう。必要なのはAIに必要な情報をインプットできる少数のスキルの高い弁護士・弁理士だけだ。一緒に手作業をしていた他の人たちの労働力は余ることになる

 だが、自動化などにより生産性が向上し利益が増えるのであれば、その増益分を雇用者全員の賃金アップに回せないのだろうか?

 エイヴェント氏はそれは難しいと考える。なぜなら、生産性を上げるのに貢献するのは人間の雇用者ではなく、デジタル技術だからだ。
 現在の社会システムでは、利益を増やすのに寄与していない労働力の対価を引き上げる合理性は見つからない。

 さらに経営者の論理としては、賃金を上げて雇用者を奮起させるよりは、デジタル技術による自動化の方が確実に成果を上げられると考えるだろう。

 技術の進歩とともに自動化可能な業務の領域は、ますます広がっていく。自動化することで確実に生産性を上げられるのであれば、経営者は雇用を削減して自動化を選択するはずだ。雇用を維持したとしても、自動化した場合のコストよりも低い賃金に抑えようとする。

 結局デジタル技術による生産性向上の恩恵にあずかれるのは、企業のオーナーや経営者、そして自動化によっても置き換えられないスキルを有する人材のみ、ということになる。そして、こうした一部の人たちに富が集中し、それ以外の労働者たちとの経済格差がますます広がっていくのだ。

「少し有望な解決策」としてのベーシックインカム

 もはやデジタル技術の進歩は止められない。それどころか、さらに加速するのは確実だ。それは決して悪いことではない。より少ない労働力で高い生産性を実現できるのならば、社会全体として豊かになっていくはずではないか。

 だが、先に述べたように、このまま何もしなければ「豊かさ」を享受できるのは一部の人たちだけ。格差が拡大し、全体としては不幸の社会になってしまう。

 本書では、政府による最低限所得保障(ベーシックインカム)制度の導入が、「少し有望な方法」として議論されている。

 ベーシックインカムは、政府が性別、年齢、職業を問わずすべての国民に対し無条件で、生活に必要最低限のお金を支給する制度だ。今のところ、フィンランドやオランダ、米国カリフォルニア州オークランドなどで実験が始まっている。

 ベーシックインカム導入で主に懸念されているのは、財源と、人々の価値観の変化だ。

 財源についてエイヴェント氏は、ある程度豊かな国であれば、税制の効率を上げる余地があるはずだと指摘する。例えば消費税や相続税、所得税などを調整することで財源確保が可能と見込んでいる。

 難しいのは、価値観の変化の方だ。現代の常識的な考え方では、社会は一人ひとりの労働によって支えられる。そして個人が生活するのに必要な資金は、その労働の対価として与えられる。

 だが、ベーシックインカムの導入は、その常識を根本から覆し、人々の価値観を大きく変えることになる。テクノロジーの進化により生産性が上がるとともにベーシックインカムの金額が増加すれば、人々は生活費を得る手段としての労働から解放される。労働以外の生きがいを見つけることも可能になる。

 それはユートピアなのかもしれない。しかし考えようによっては、一握りのエリートに牛耳られ、ほとんどの人が、AIにコントロールされながらシステムに飼われて生きていくような世界だともいえる。

 はたして人類にとって、それが本当に幸せなのか。そんなことも考えていかなければならないのだろう。

 本書には、現状にどんな課題があり、これから何を考えていかなければならないのかが、広くカバーされている。
 デジタル革命の先に広がる未来を見据え、準備を始めるための1冊にお薦めしたい。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2018年1月のブックレビュー

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