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2018年2月の『視野を広げる必読書

『チャーム・オブ・アイス――フィギュアスケートの魅力』

華麗な「氷上のドラマ」の新たな楽しみ方とは?

『チャーム・オブ・アイス――フィギュアスケートの魅力』
レーナ・レヘトライネン/エリナ・パーソネン/カイサ・ヴィータネン 著
堀内 都喜子 訳
サンマーク出版
2017/10 207p 2,300円(税別)

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2018年2月9日、平昌オリンピック開幕!

 いよいよ韓国の平昌(ピョンチャン)にて、第23回オリンピック冬季競技大会(2018年平昌五輪)が始まる。2018年2月9日に開幕し、25日の閉会式までの17日間、極寒の地でトップアスリートたちの熱戦が繰り広げられることになる。

 平昌五輪で競われるのは、スキー、スケート、バイアスロン、ボブスレー、リュージュ、カーリング、アイスホッケーの7競技102種目。その中でも抜群の人気を誇り、「冬季五輪の華」とも呼べるのがフィギュアスケートの5種目(男子シングル、女子シングル、ペア、アイスダンス、団体)だ。これまでに数々のスター選手が登場しており、ここしばらくのオリンピックや世界選手権では、男女ともに日本人選手が強いスポーツでもある。

 年齢層や男女を問わず、世界中で愛されているフィギュアスケートには、単なる一スポーツにとどまらない奥深い魅力があるようだ。それを美麗な写真と文章で解き明かすのが本書『チャーム・オブ・アイス――フィギュアスケートの魅力』。表に現れた華麗な部分のみならず、選手やコーチ、スタッフらの日々の努力や葛藤も含めたフィギュアスケートの魅力を、約80人のスケーターと、コーチ・振付師・審判らへのインタビューをもとに描ききっている。

 著者らによれば「フィギュアスケートに詳しくなくとも、なぜか魅力を感じているという人たち」に向けた本書のテーマは8つ。「氷」「絆」「痛み」「プレッシャー」「正当性」「スタイル」「パワー」「魅力」だ。それぞれに沿ったスケーターらの正直で時として生々しい発言は、美しいリンク上の供宴をより輝かせる働きをしている。
 もちろん羽生結弦選手、浅田真央さんといった人気日本人スケーターたちも、多数の写真とともに登場する。

 3人の著者はいずれもフィンランドで活動している。レーナ・レヘトライネン氏はフィギュアスケートを題材にしたミステリー作品などで知られる作家、エリナ・パーソネン氏は元スケーターのスポーツジャーナリスト兼カメラマンだ。また、シンクロナイズド・スケーティングの強豪チームの一員として2001年に世界選手権優勝を経験している。カイサ・ヴィータネン氏はフィギュアスケート専門誌『Taitoluistelu』編集長を務めるフリーランスのジャーナリストである。

 個人的な話を許してもらえるのならば、私自身はかつて熱心なフィギュアスケートファンだった。今でも高い関心をもっているものの、現在解説者として活躍する荒川静香さんをまだ無名の時代から応援し続けていたため、彼女の現役引退を機に「熱心なファン」は卒業したという経緯がある。当時は中野友加里さん、武田奈也さんといった女子選手たちにも注目していた。

 そんな私にとって、フィギュアスケートの魅力とは何か。本書をめくりながら改めて考えてみたところ、「競技と芸術の融合」に尽きるのではないかと思い至った。

 ジャンプやスピン、ステップなどで難度の高い技術を競い合う一方で、クラシックバレエやモダンダンスの要素を取り入れながら音楽に合わせ舞い踊る。後者では手足の細やかな動きだけでなく、表情や衣装、音楽の解釈などでも表現力が問われる。ここまで複雑で広範囲のスキルが必要なスポーツはそれほど多くないのではないか。新体操やシンクロナイズドスイミングなども当てはまるのだろうが、少なくとも冬季五輪の種目では類を見ない。

相対的、主観的要素が入りがちだった「6.0システム」

 ここで正直な思いを打ち明けさせてもらうと、私が熱心に見ていた頃に比べて最近は「選手の個性が薄くなった」と感じることがままある。同じ感想を抱く人は少なくないのではないだろうか。

 以前は、「村主(すぐり)ワールド」とも呼ばれるほどの芸術性、抽象性の高い演技構成をトレードマークにしていた村主章枝さん、演技の美しさよりもとにかくジャンプに命をかけ、滑走中にはっきりとガッツポーズを決める“純アスリート”ぶりを発揮した恩田美栄さんなど、他の誰にもまねできない個性を有するスケーターがトップレベルにいた。「王道」の優雅な演技が特長の荒川静香さんにも採点対象にならない「イナバウアー」という「売り」があった。

 個性が薄まったと感じる原因は、おそらく「採点方式」の変更だろう。本書では「正当性」の項でこの問題が触れられている。

 現行のISU(国際スケート連盟)公式の採点方式は、2004年に導入された。本書によれば、それ以前の「6.0システム」と呼ばれる採点法にはさまざまな問題が指摘されていたのだという。

 6.0システムの採点には技術点とプレゼンテーション点(芸術点)の2種類があり、それぞれ6.0を満点として点数をつける。だが、大会での順位はその合計点の多寡がそのまま反映されるのではなかった。その大会の出場選手の中での点数の順位によって「順位点」がつけられる。ショートプログラムの1位には0.5、2位に1.0、3位に1.5というように付与され、ショートとフリーの順位点の合計がもっとも低い選手や組が優勝となる。

 つまり、採点は相対的な要素が強かった。6.0満点で採点する際に「最終滑走グループがまだ残っているから、少し点数を抑えておこう」といった審判の恣意的な操作が入る余地もあったのだ。加えて、とくにプレゼンテーション点の評価要素が大くくりだったため、主観が混じる可能性も高かった。

 新採点方式では、エレメンツの1つひとつに基礎点がつけられている。基礎点が高いほど高難度ということだ。そして実際のパフォーマンスをどのように評価するかも細かく規定されており、できる限り主観を廃するようになっている。

新採点方式はスケーターの「個性」を奪うのか

 本書によれば、この新採点方式はおおむね歓迎されているようだ。大会に出場するライバルたちの顔ぶれによって点数が変わるよりも、どんな大会であろうが、その時点での自分の実力が正当に評価されるからだろう。技術を磨き、表現力をつければつけるだけ点数が伸びていくため、モチベーションも維持しやすい。

 ただ、新方式導入当初は、関係者の一部に「芸術をバラバラに分け、100分の1の精度で測るという考え方は適当ではない」といった疑念もあったという。とくにアイスダンスの芸術性を客観的に点数化するのは困難なのではないだろうか。そこはある程度の主観が入るのは仕方がないと思われる。審判への信頼が鍵になるのだろう。本書で元選手の小塚崇彦さんは、スケーティングスキルなどに関して「やっぱりフィーリングを大事にして点数をつけてもらえたらいいなと思います」と発言している。

 「個性が薄くなる」という懸念については、本書で荒川静香さんが次のように発言している。「スケーターはルールにとらわれすぎて、ルールや点数に関わらないことへの探究心や興味が少ないというか、手が回らないんだと思うんです。それによって、どうしても皆同じような構成になってしまう。今は個性がなかなか発揮しにくいという問題点はあると思います」

 だが、こうは考えられないだろうか。新採点方式によって、フィギュアスケートの2通りの鑑賞方法が、どちらもより楽しめるようになったのだ。先鋭化されたハイレベルな競技、競争から離れた純粋な芸術やエンターテインメント、いずれのレベルも上がることが期待できる。ちなみに前者はオリンピックや世界選手権などの公式戦、後者はエキシビションやアイスショーを想定している。

 6.0システムの頃には、競技と芸術というフィギュアスケートを構成する2大要素が混然としてどっちつかずの面があったのではないだろうか。それはそれで楽しめるものではあったが、新採点方式によって分離され、違う楽しみ方ができるようになった。

 平昌五輪は、ぜひともそんな姿勢でフィギュアスケートを楽しみたいと思う。はたして今回は、どんなドラマが展開されるのだろうか。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年2月のブックレビュー

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