1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2018年2月号
  4. だから、居場所が欲しかった。

2018年2月の『押さえておきたい良書

『だから、居場所が欲しかった。』-バンコク、コールセンターで働く日本人

日本社会の問題点をえぐり出す、もう1つの「海外勤務」

『だから、居場所が欲しかった。』
 -バンコク、コールセンターで働く日本人
水谷 竹秀 著
集英社
2017/09 288p 1,600円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

 「海外勤務」に、どんなイメージをお持ちだろうか。多くの人はこの言葉から、流ちょうに英語を使いこなしながら颯爽(さっそう)と働く、どこか華やかなエリートビジネスパーソンの姿が思い浮かぶのではないだろうか。

 だが、海外勤務にもいろいろある。英語や現地語ができる必要がない代わりに、月額10万円以下の報酬しかもらえない仕事だってある。本書『だから、居場所が欲しかった。』で取り上げられているのは、そんな職場で働く人々だ。タイの首都バンコクにあるコールセンターである。

 バンコクに数カ所あるコールセンターでは、日本人オペレーターが日本にいる顧客の電話対応を行っている。もちろん使われているのはすべて日本語だ。日本の大手メーカーなどが経費削減のために現地のコールセンター企業に業務を委託しているのだが、たいていの顧客はバンコクにいる人と話しているとは夢にも思わない。

 本書は、バンコクのコールセンターで働く、あるいは働いていた日本人を丁寧に取材したノンフィクション。彼ら、彼女らの多くは30~40代で、非正規労働者、LGBTなど、日本で居場所を見つけられなかった人たちだ。本書では、オペレーターたちの個々の事情や感情、ものの考え方を追うことで、現代日本の抱えるさまざまな課題を浮き彫りにしている。

 著者はフィリピン在住のノンフィクションライター。2011年に『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で「開高健ノンフィクション賞」を受賞した。

居心地がいいタイでのコールセンター勤務

 バンコクのコールセンターで働くオペレーターのほとんどは現地採用だ。つまり、日本から海外に派遣されるのではなく、何らかの事情で海外に渡航した日本人を雇っているのだ。現在、バンコクのコールセンターの日本人オペレーターは推計で400~500人ほどだという。

 オペレーターの給与は月額3万バーツからのスタート。1バーツ約3円のレートで計算すると9万円程度ということだ。

 日本人の感覚からすると、こんな低収入ではとても生活できないと思うかもしれない。だが、タイの物価は日本よりも低いので、3万バーツは日本国内で生活する場合の15〜20万円くらいの金銭感覚になるのだそうだ。
 さらに、タイは年間平均気温が29度で、日本のように寒い時期がない。加えてコールセンターでは衣服に気を使う必要がないため、衣料品に割く費用が少なくて済むのだという。

 つまり、遊興費を抑えたり、ぜいたくな食事などを控えれば、コールセンターの給与でもタイでは十分居心地よく暮らせる。むしろ、残業や接待などできゅうきゅうとする駐在員より、自由に、気ままに生活を送れると口にする取材対象者が多い。

居場所、心のよりどころを求めてタイに渡る

 著者が取材したたいていのオペレーターたちは、なかったことにしてしまいたいような過去を抱えている。バンコクでクラブDJとして活躍することを夢見てタイに渡った吉川誠さん(仮名、34歳)は、いじめの被害経験がある。

 その他にも、複雑な家庭環境で育っていたり、恋人の男性に殺されかけたり、といったトラウマで人間不信に陥るような経験を経ている取材対象者が多い。彼らは口では「成長するアジアで自分を試したい」などとタイに渡った理由を語るが、本当は「居場所」「心のよりどころ」を求めたのではないかと、著者は分析している。

 日本社会からこぼれ落ちて、海外にある「セイフティーネット」に救われる人たちがいる現実。私たちはそこから目をそらしてはならないのだろう。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

amazonBooks rakutenBooks

2018年2月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店