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2018年2月の『押さえておきたい良書

『勝てる脳、負ける脳』-一流アスリートの脳内で起きていること

一流のアスリートが「やる気」を維持するとっておきの方法とは?

『勝てる脳、負ける脳』
 -一流アスリートの脳内で起きていること
内田 暁/小林 耕太 著
集英社(集英社新書)
2017/11 222p 740円(税別)

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 近年のスポーツの現場には、私たちの想像以上に最先端の科学的知見が投入されているようだ。多くの人がイメージする体育会系の精神論・根性論はすっかりなりを潜めている。その代わりに運動生理学に基づくトレーニング、栄養学を用いた食事管理、対戦相手のデータ分析といった手法が、いまや常識なのだという。

 ただし、神経科学(脳科学)のスポーツへの応用例はまだ少ないそうだ。しかし、例えばテニスのプレーはしばしば「100メートル走とチェスを同時にしているようなもの」と言われることもある。体験的に「スポーツは頭を使う」のを実感している人も多いだろう。実際にスポーツと脳には深い関係があり、神経科学のスポーツへの応用は、今後注目を集めていくにちがいない。

 本書『勝てる脳、負ける脳』では、神経科学の視点からスポーツの現場での出来事やアスリートたちの言葉を分析。彼ら彼女らの脳がいかに働き、変化しているかをわかりやすく解説している。

 著者の内田暁氏はスポーツライターで、テニスを中心に専門誌やウェブサイトなどに寄稿している。小林耕太氏は同志社大学生命医科学部医情報学科准教授。神経行動学を専門とする。

モチベーションはギャンブル性によって高まる

 アスリートは毎日のように厳しい練習に励み、自身の技術を向上させる努力を重ねている。肉体面のみならず、精神面の負担も小さくないだろう。その継続にはモチベーションの維持が不可欠だ。

 本書によると、モチベーションの高低は、体内のドーパミンの放出量と深く関係している。ドーパミンの放出量が増えると、人は「やる気」になり、モチベーションが高くなる。人体では、脳に報酬(快感につながる刺激)が得られるかが不確かな状況におかれた後、それが得られると予測できた瞬間にドーパミンが大量に放出される。

 アスリートが日々チャレンジしている試合での勝利や記録更新、技能の上達などは、達成できるかどうかわからない「不確かな報酬」だ。上記のメカニズムに照らすと、アスリートは、これらの報酬が得られると予測できるからこそ、チャレンジを続けるモチベーションを維持できるといえる。

錦織圭選手のモチベーションの源とは

 だが、一流のアスリートに近づくほど、ちょっとやそっとのトレーニングでは上達した実感(=報酬)が得られそうもないと感じるようになってしまう。するとモチベーションが維持できず、厳しい練習に耐えられなくなりがちだ。

 それでも世界トップレベルのアスリートたちがモチベーションを維持し続けているのは、なぜだろうか。

 その答えは「新鮮な報酬を発見する能力」にあるのではないかと、著者らは推察している。例えばテニスの世界ランキング最高4位に達したこともある錦織圭選手は、「ちょっとずつ前のゴールをクリアしようとしていた」そうだ。すぐには達成困難な遠いゴールをめざすよりも、少しずつ「上達の実感」とともに脳への「新鮮な報酬」を得ながら前へ進む。錦織選手は意識せずとも、そんな神経科学の研究成果をもとにモチベーション維持を心がけているのだろう。

 こうした一流のアスリートの取り組みは、私たちの仕事や生活にも応用できるのではないだろうか。本書を参考に、工夫してみてほしい。

情報工場 エディター 宮﨑 雄

情報工場 エディター 宮﨑 雄

東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒。前職ではHR企業にて採用・新規事業開発に従事。情報工場ではライティングの他、著者セミナーの運営などを担当。その他の活動には、マンガ情報メディアでの記事の執筆、アナログゲームの企画・制作など。好きな本は『こころ』『不実な美女か貞淑な醜女か』。好きな場所は水風呂。

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2018年2月のブックレビュー

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