1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2018年3月号
  4. ジョン・ハンケ 世界をめぐる冒険 グーグルアースからイングレス、そしてポケモン GOへ

2018年3月の『視野を広げる必読書

『ジョン・ハンケ 世界をめぐる冒険 グーグルアースからイングレス、そしてポケモン GOへ』

「ポケモン GO」「グーグルマップ」を生んだ“世界を広げる”イノベーション的発想

『ジョン・ハンケ 世界をめぐる冒険 グーグルアースからイングレス、そしてポケモン GOへ』
ジョン・ハンケ 著
飯田 和敏 取材・構成
飯田 一史 構成
星海社
2017/11 184p 1,600円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

グーグルマップは「破壊的イノベーション」なのか

 「破壊的イノベーション」という言葉はあまりにも有名だ。1997年に(原書が)発表された名著『イノベーションのジレンマ』(邦訳、翔泳社)の著者、クレイトン・クリステンセン氏が1995年に発表した論文で初めて紹介した概念だ。大まかに言えば「既存の事業の秩序を破壊し、業界の構造を一変させるイノベーション」を指す。破壊的イノベーションが登場すると、同じようなニーズを持つ商品やサービスが売れなくなり、業界の主要プレーヤーの交代が起きる。

 身近なところでは、スマートフォン、デジタルカメラ、音楽配信などが典型的な破壊的イノベーションだ。それぞれ、今ではガラケーと呼ばれる従来型の携帯電話、フィルムカメラ、CDといった既存の市場を「破壊」し、主役を奪い取った。

 破壊的イノベーションの対極にあるとされるのが「持続的イノベーション」。従来の製品やサービスの性能や機能を向上させるイノベーションだ。

 だが、以前から、どうもこの2つのイノベーションのどちらにもピッタリ当てはまらないイノベーションもあるような気がしていた。

 例えば「グーグルマップ」である。今ではスマートフォンやパソコンで誰もが当たり前に使うアプリだが、登場した当初はその便利さに驚愕(きょうがく)したものだ。まさに破壊的なインパクトがあるイノベーションといえるが、はたしてこのアプリはどの市場を破壊したのだろうか。

 強いて言えば、紙の地図やガイドブックの業界だろうか。しかし、グーグルマップが登場する以前に誰もが地図を携行していたわけではないだろう。ガイドブックが活躍するのは旅行のときぐらいで、日常の生活にはさほど関係ない。以前は、待ち合わせの場所を口頭で教えたり、歩いていて道が分からなくなったら街角の地図看板を頼りにしていた。

 素人考えで恐縮だが、グーグルマップは破壊をせずに、私たちの日常に「新しい世界」を加えてくれたのではないか。グーグルマップのおかげで、未知の場所へも行きやすくなった。「冒険」しやすくなったのだ。

 未知の場所への冒険を促してくれるものといえば、2016年に世界中を熱狂させたスマホゲーム「ポケモン GO」がある。インドアのイメージが強いデジタルゲームを外に持ち出し、新たな楽しみ方を提案した功績は大きい。

 本書『ジョン・ハンケ 世界をめぐる冒険』を手にとるまで、このグーグルマップとポケモン GOを生み出したのが同一人物だとは知らなかった。ジョン・ハンケという名前にも、正直見覚えがなかった。おそらく一般的な知名度もそれほど高くないと思われる。

 ジョン・ハンケ氏は現在、ポケモン GOを提供するナイアンティック社のCEOである。同社はポケモン GOと同様の仕組みのスマホ向け位置情報ゲーム「イングレス」を2012年にベータ版でリリース(正式運用は2013年から)、世界的大ヒットとなった。

 イングレスをリリースした当初のナイアンティック社はグーグルの社内ベンチャーだった(2015年に独立)。それ以前にハンケ氏はグーグルの地理サービス部門「Google Geo」の責任者として、グーグルマップ、グーグルアース、グーグルストリートビューなどを次々に送り出していった。

 本書は、そんな優れた起業家、経営者、プログラマーであるハンケ氏が半生を語る自伝。ゲーム作家で立命館大学映像学部教授の飯田和敏氏が、ハンケ氏への独占インタビューをベースに構成している。

幼少期から世界を広げていたジョン・ハンケ氏

 ハンケ氏は米国テキサス州オースティンで生まれ育った。幼少期は、周囲は牧場や農場だらけという、緑あふれる牧歌的な環境で過ごしていたようだ。

 少年時代のハンケ氏は、本を読むのが好きで、とくにSF作品やファンタジーに夢中になっていたそうだ。その時に触れていたのは、『スター・トレック』や、アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』『都市と星』、ウィリアム・ギブスン(『ニューロマンサー』『カウント・ゼロ』などで知られる)の作品群、11歳の時にテキサスの映画館で見た『スター・ウォーズ』など、宇宙や未来を舞台にした物語だったという。

 この、農場だらけの環境と、ハンケ氏の頭の中を駆けめぐっていたSFの世界のギャップが、イングレスやポケモン GOなどのゲーム開発につながっていったのではなかろうか。現実世界とギャップのある空想世界を組み合わせたのが、この2つのゲームだからだ。空想豊かで夢見がちだったハンケ少年の脳内は、周りの子どもたちよりもはるかに大きく「拡張」されていたと思われる。

 地図への関心も、幼少期からのものだったらしい。隣に住んでいた幼稚園の先生が、何百冊もの『ナショナルジオグラフィック』誌のバックナンバーを、ハンケ家に持ってきてくれたという。その多くの号に挟まっていた折りたたみの地図を見ては、遠く離れた土地を夢見ていたとのことだ。

 そんなハンケ氏だが、テキサス大学オースティン校を卒業して就職したのはゲーム業界でもコンピューター業界でも、ましてや映画や出版といったメディア業界でもなかった。なんと米国国務省に勤めたのだ。政府で働こうと思ったのは「世界に対して貢献ができると思った」からだそうだ。公務員を「『スター・トレック』に登場するエンタープライズ号のクルーのようなもの」と想像していたと語っている。

 だが結局、ワシントンやミャンマーで働き、世界のさまざまな場所を訪れる経験はしたものの、5年で退職することに。「ただの若い公務員」では、政府の仕事に対する影響力はほとんどないと気づいたのが理由だ。

 その後、カリフォルニア大学バークリー校ハース・ビジネススクールに入学し、在学中に世界初の商業用MMORPG(多人数同時プレーが可能なロールプレイングゲーム)である『Meridian59』を開発するスタートアップに参画。現在につながるキャリアを歩み始めることになる。

ポケモン GOがVRではなくARを使う理由とは

 ハンケ氏が手がけたイングレスもポケモン GOも、AR(Augmented Reality:拡張現実)技術を応用したゲームである。ARとは、文字通り現実を拡張する技術。すなわち、現実空間の映像の中に、人工的に構築された世界が組み合わさることで、新しい世界を現出させるテクノロジーだ。ポケモン GOでは、現実を写したリアルタイムの映像の中に突如「ポケットモンスター(ポケモン)」が現れる。もちろんそのポケモンは人工的に作られたアニメーションだ。ゲームをプレーすることで、自分のスマホの中に「ポケモンが出没する世界」という拡張された新しい現実ができ上がるのだ。

 ARに似たものにVR(Virtual Reality:仮想現実)がある。これは現実には(少なくとも目の前には)存在しない世界を人工的に作り出し、感覚を刺激してあたかも「そこにある」または「そこにいる」ように感じさせる技術だ。

 ARをVRの一種と言う人もいるが、この2つは似て非なるものだと思われる。本書では「いとこのようなもの」と説明されており、VRは「現実を、よりおもしろいものに置きかえるもの」で、ARは「ひとびとの交流をふくめ、現実世界の体験を高めるもの」と、違いを指摘している。

 ハンケ氏は「VRよりもARのほうが好き」と明言している。身体機能と現実世界のインタラクト(相互作用)を重視しているからだという。ARは、太古から人類が培ってきた認知機能をベースに、さらに強力な体験を与えるところに魅力がある。それに対して現状のVRは人間の視聴覚のみを使った不十分な体験しか提供できない。

 VRは「別の世界を作る」もので、ARは「世界を広げる」ものだ。別の世界を作るには、既存のものを破壊したり否定したりしなければならないことが多い。逆に、世界を広げるのは、歴史や伝統を尊重し、見直した上で新しい意味を加えるプロセスである。ハンケ氏によるイノベーションが破壊的イノベーションに思えなかったのは、この違いがあるのも一因なのだろう。

 本書は、私たちにすてきな冒険をプレゼントしてくれたイノベーター自身の冒険が楽しめる1冊だ。それは、ポケモン GOやゲームに関心のない人でも十分ワクワクできるアドベンチャーなのだ。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

amazonBooks rakutenBooks

2018年3月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店