2018年3月の『押さえておきたい良書』
世界的に権威のある英語辞書の版元オックスフォード大学出版会は、2016年を象徴する言葉に「ポスト・トゥルース(post-truth)」を選んだ。これは「客観的な事実よりも、嘘であっても感情に訴える情報の方が強い影響力を持つ状況」を指す言葉だ。
例えば、扇情的な見出しの、明らかに信ぴょう性に乏しいネット記事がツイッターなどで拡散するのは、今では決して珍しくない。一度広まってしまえば、たとえ訂正したり削除したりしたところで、それを信じて行動する人が出るのを止めることは難しい。
そんなポスト・トゥルースの時代に私たちが幸福に生きていくには、どうすればよいのか。本書『ひとまず、信じない』はそのヒントが受け取れる1冊だ。
著者は「虚構と現実」をテーマにしたアニメーション作品を数多く手がける映画監督。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『スカイ・クロラ』などの作品は海外でも高く評価されている。2004年発表の『イノセンス』は日本のアニメ映画では初めて、カンヌ国際映画祭オフィシャル・コンペティション部門に出品された。
人生においてもっとも重要なのは「優先順位」
人生においては「優先順位」を決めるのがもっとも重要だと、著者は断言する。そしてそれについて、自らの本業にたとえて次のように説明する。
もしもあなたが映画監督で、スタッフに「良い映画を撮るための条件は?」と聞いて、そんな答えが返ってきたら、ためらわずにスタッフをクビにした方がよい。そんなことは、どんな馬鹿でも言える。なぜならそれは、当たり前のことだからだ。
大事なのは、そのいくつかの要素のうち、自分は何が最も重要だと思うのか。どれを優先すべきと思っているのか、ということにほかならない。”(『ひとまず、信じない』p.41より)
映画の撮影も人生も同じく、与えられた時間や条件は有限だ。したがって、何かを優先しなければならない。そこで自分が納得できるよう優先順位を決めて行動できれば、それに勝る幸福はない、というのが著者の「幸福論」なのだ。
悪用されやすいインターネット情報の性質
インターネットを使えば、地球の裏側でのリアルタイムの出来事を瞬時に知ることができる。だが、その速報性や同時性には、実は大きな落とし穴がある。
例えば紛争地で戦場カメラマンがツイッターなどで発信するリアルタイムの情報は、貴重ではあるものの、断片的かつ一面的であることがほとんどだ。その他の情報を組み合わせて検証されなければ、それが真実であるかすら分からない。しかし、「リアルタイムの現地情報」というだけで人々はそれが真実と思い込みがちだ。
こうした性質のネット情報は悪用もされやすい。著者は選挙を例に挙げる。選挙期間中だけ特定の候補者や政党に有利な虚偽情報で世論を誘導できれば、当選後に真実が分かったところで、(重大な選挙違反をしていない限り)結果は変わらない。
それゆえ著者は、インターネットの情報はすべて信用しないようにしているのだそうだ。
本書ではこうした幸福論、ニセモノ論の他にも著者独特の考えが語られている。例えば、映画はしょせん虚構であり、観客に一瞬だけいい夢を見せる「結婚詐欺師」のようなものだと言い切っている。そうしたユニークな考え方に触れることで、時代や社会を考えるときに、これまでとは違う切り口が見つかるのではないだろうか。
情報工場 エディター 宮﨑 雄
東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒。前職ではHR企業にて採用・新規事業開発に従事。情報工場ではライティングの他、著者セミナーの運営などを担当。その他の活動には、マンガ情報メディアでの記事の執筆、アナログゲームの企画・制作など。好きな本は『こころ』『不実な美女か貞淑な醜女か』。好きな場所は水風呂。