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2018年4月の『視野を広げる必読書

『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』

宇宙ロケット、電気自動車、そして脳とAIの接続――
奇才イーロン・マスクとは何者か

『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』
竹内 一正 著
ダイヤモンド社
2018/01 224p 1,400円(税別)

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「AIの暴走」を防ぐ画期的な新技術を構想

 2017年3月、電気自動車メーカーテスラCEOのイーロン・マスク氏が新会社ニューラリンクを設立したとの発表が話題を呼んだ。

 ニューラリンクは、「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の開発を目的とする会社だ。BMIとは、人間の脳とコンピューターを直接つなぎ通信を行う機器である。

 たとえばBMIを使って人間の思考をコンピューター内のAI(人工知能)に送信する。そうすれば、人間の知力を最大限に拡張するのにAIを活用できる。それがマスク氏の狙いの1つだという。

 マスク氏は、AIが人間を凌駕(りょうが)する脅威に、警鐘を鳴らし続けている。同氏に、AIの開発に国際的な規制をかけるべき、という持論があることもよく知られている。

 そこで、ニューラリンクによるBMIの開発が、AIの脅威に対する対策の1つになりうるとマスク氏は考えた。つまり、BMIで人間による倫理的な判断を直接送り込めば、AIの暴走を防げる。そのようにして人類とAIが共生し、共に発展していく、というのが同氏が描く未来像なのだろう。

 その一方で、グーグルやアマゾンなどの巨大IT企業は、AIそのものの性能を上げようと、競い合うように研究開発を進めている。マスク氏の方が人類の未来について慎重に考えているようにも思える。

 本書『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』は、マスク氏の桁外れの着想力や行動力を14のルールに分類し、具体例を豊富に挙げながらその秘密を解き明かそうとする1冊だ。

 著者の竹内一正氏はビジネスコンサルティング事務所オフィス・ケイ代表。徳島大学大学院在学中に客員研究員として米国ノースウェスタン大学で金属疲労に関する研究に携わり、徳島大学大学院修了後は松下電器産業(現・パナソニック)にて新製品開発や新ビジネス開拓に長く従事。その後、アップルコンピュータ(現・アップル)や日本ゲートウェイでマーケティングにも携わった後、2002年にオフィス・ケイを設立した。

 シリコンバレー事情にも精通する著者が驚嘆するほど、マスク氏の描く未来像は、とんでもないスケール感と奇想天外さにあふれている。そのビジネスや行動の真意はどこにあるというのだろうか。

すべての事業は理想の「人類の未来」をつくるのが目的

 著者は、一見無関係にみえるマスク氏の手がけるさまざまな事業には、共通の目的があると指摘する。それは、社会の課題、しかも地球規模の大きな課題を解決し、持続可能な理想の未来を創造するというものだ。

 たとえばマスク氏が2002年に起業した宇宙ロケット開発会社スペースXの目標は「人類を火星に移住させる」。まるでSFだ。

 だが、彼は子どもの頃に読んだSF作品の現実化を夢見ているわけでもないようだ。この途方もない目標を掲げる理由は、地球規模の環境破壊や人口爆発の問題を根本的に解決することなのだ。

 これは、一民間企業による問題解決のレベルをはるかに超えている。

 また、マスク氏がテスラの前身であるテスラモーターズの会長兼CEOに就任し、電気自動車の開発に乗り出したのは、スペースX創業の2年後、2004年のことだ。

 マスク氏といえば、テスラCEOとして紹介されることが多く、電気自動車がメインの事業と思う人が少なくないかもしれない。だが、実は宇宙事業の方が先なのだ。しかも、この2つの事業の目的は、実はつながっている。

 つまり、人類の火星への移住が実現するまでには長い年月がかかる。その間も地球の環境破壊は進む。それを少しでも食い止めるための事業が、環境にやさしい電気自動車の開発なのだ。

 つまり、テスラによる事業は、マスク氏の壮大な目的に近づくための打ち手の1つにすぎないのだ。

 マスク氏はさらに、2006年に太陽光発電ベンチャーであるソーラーシティ社に出資し、会長に就任している。せっかく電気自動車を普及させても、使用する電気が再生可能エネルギーによるものでなければ、地球環境問題の解決にはならないと考えたからだ。

ロケット打ち上げの劇的なコストダウンを可能にした発想とは

 本書で分類されたマスク氏の14のルールの1つに「本質に立ち戻って考える」というものがある。その解説の中で著者は、日本企業もこの発想を身に付けるべきと主張している。

 著者は、企業には「ゼロから1を生み出す段階(ゼロイチ)」「1を100にする段階」「会社の危機を乗り越え、再生する段階」「会社を畳む段階」という4つのフェーズがあると分析している。

 トランジスタラジオやウォークマンを世に送り出したソニーなど、かつての日本にはゼロイチのフェーズで力を発揮した会社がたくさんあった。

 しかし、この20年ほどの日本企業、とくに製造業の低迷ぶりはどうだろう。どうやら多くの企業が、ゼロイチの次の1を100にする段階に長くとどまったままで、これ以上の成長が見込めない状態に陥っているようだと著者は嘆く。

 そこで、「日本企業はもう一度ゼロイチに立ち戻るべき」というのが、著者の主張。そのためには、宇宙ロケット開発や電気自動車開発といった数々のゼロイチに取り組んでいるマスク氏の発想が参考になるというのだ。

 スペースX社でマスク氏は、ロケット打ち上げのコストを従来の100分の1に下げるという驚きの宣言をした。それくらい劇的なコストダウンをしなければ事業化は不可能だと考えたからだ。

 コストを大幅に節減する手段として「1段目ロケット」の再利用を考えた。1段目ロケットは打ち上げ後、空気との摩擦で燃えてしまったり、海にたたきつけられて壊れてしまうため「使い捨て」が宇宙開発の常識だった。誰も再利用が可能とは思いもよらなかったのだ。

 どうすれば再利用が可能なのか。マスク氏は本質に立ち戻り、物理学のレベルからロケットの原理をシンプルに考え直した。その結果、地球の引力によって落ちてくる1段目ロケットの姿勢を垂直に制御し、逆噴射で減速していけば再利用可能な状態で着陸できると判断したのだろう。

 マスク氏の指示のもと、スペースXのチームは何度も着陸に失敗しながらも諦めずに改良を加え続けた。そしてついに2016年、1段目ロケットを逆噴射させながら洋上の無人船上に着陸させることに成功したのだ。

 こうした本質に立ち戻る発想こそゼロイチに求められるものであり、日本企業が今もっとも身に付けるべきものなのだろう。そのためにも、本書を大いに参考にしてほしい。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2018年4月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店