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2018年4月の『押さえておきたい良書

『人間の未来 AIの未来』

日本の“2大頭脳”が未来を占う白熱対談

『人間の未来 AIの未来』
山中 伸弥/羽生 善治 著
講談社
2018/02 224p 1,400円(税別)

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 2018年2月、将棋棋士の羽生善治氏に国民栄誉賞が授与された。一方、ノーベル生理学・医学賞受賞者の山中伸弥氏は、所長を務める研究所に所属する助教の論文不正が発覚したものの、本人の関与はなく、逆に問題への迅速で適切な対応が信頼を高めることになった。

 本書『人間の未来 AIの未来』は、この、分野は違うが日本人を代表する“2大頭脳”による対談集である。それぞれの専門領域のみならず、進化するAIやロボット、アイデアを生む方法、人材の育て方など、幅広いテーマのもと経験に基づく意見を出し合っている。そこからは、書名の通り、私たちの“未来”が浮かび上がる。

 羽生善治氏は1970年生まれ。1985年に中学生プロ棋士となり、2017年には前人未到の「永世七冠」の称号を得ている。山中伸弥氏は1962年生まれで、2010年から京都大学iPS細胞研究所所長を務める。2012年のノーベル生理学・医学賞は、再生医療の実現につながるiPS細胞の作製に初めて成功した業績に対して与えられた。

藤井聡太六段の“センス”とは

 羽生氏は、圧倒的な強さを誇る中学生棋士の藤井聡太六段について、「(他の棋士と具体的に)何が違うかわからない」と言いながらも「センスが抜群にいい」と評価する(本書出版後に羽生氏は藤井氏との公式戦初対局に敗れている)。その上で、若い世代の強みとして「いいとこ取り」ができることを挙げている。

 羽生氏の言ういいとこ取りとは、無数に考えられる型や指し手の中から、「これはダメ」「これは使えない」というものを本能的に切り捨てられる、ということだ。しかし、経験を積めば積むほど、自分が時間をかけて研究し身につけたものに思い入れができる。そうすると、ばっさりと切り捨てるのが難しくなるのだという。一方、経験の少ない若い棋士ならば、センスだけで「ダメな手」をえり分けられる。藤井六段は、そういったセンスに優れているということなのだろう。

 将棋の世界でもAIの進化はめざましいが、上記のようなダメな手のえり分けにあたっては、億単位の手を読ませなくてはならないのだそうだ。強い将棋の棋士は、それをわずかな時間で、高い精度で行う。

 別の章で羽生氏は「AIに(ゆるキャラの)ふなっしーは作れない」ことを指摘している。あのような大ざっぱなものが受け入れられるというセンスを、AIは理解できないということだ。AIと人間は違うタイプの頭脳を使っているといえる。

「回旋型思考」ができる人材の育成を

 山中氏は、先端技術の開発の難しさのひとつに「死の谷」の存在を挙げる。基礎研究の成果から実用化・製品化するまでの資金的ボトルネックを指す言葉だ。日本では、なかなか実用化・製品化にあたっての資金援助が得られにくい現状があるそうだ。

 かたや米国ではベンチャー企業が伸びており、それらが資金を集め、先端技術の事業化に取り組むおかげで死の谷を乗り越えられることが非常に多い。こうしたベンチャーが立ち上がりやすいのは、米国に「回旋型思考の文化」があるからだと、山中氏は指摘する。それに対して日本にあるのは「直線型思考の文化」だ。

 直線型思考では、ある目標を決めたら最後までやり通すことになる。それに対し、回旋型では、自分の興味に応じてフレキシブルに思考が移り変わる。iPS細胞の作製に成功したのも回旋型思考のおかげ、と山中氏は語る。ゆえに、これからの日本は回旋型の人材を育てるべき、というのが同氏の主張だ。

 多岐にわたる2人のなごやかな対話からは、AIと人間が共存するために補完しあえるものは何かが見えてくる。現実味をもって未来を占うのに格好の1冊といえそうだ。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年4月のブックレビュー

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