2018年5月の『押さえておきたい良書』
皆さんは、1年間でどれくらいの会社が倒産しているか、ご存じだろうか。帝国データバンクの調査によると、2017年に倒産した会社は8,000件以上。倒産要因の8割は、販売不振や不良債権の累積といった「不況型倒産」である。リーマン・ショック時と比べれば倒産企業は減少したが、それでも事業を継続することがいかに大変かということが分かる数字であろう。
しかし、このような厳しい環境下においても、超高収益を生み出している企業が存在する。それが「ダントツ企業」だ。本書『ダントツ企業』では、7つの企業に着目し、図表や具体的な数値を用いて、経営理念やビジネスモデルを分かりやすく紹介している。
著者は、東京理科大学大学院教授で、コンセプト創造、開発・プロトタイピング、ビジネスモデルなどの講義を担当している。
稼働率99%以上のATM
セブン-イレブンの店舗の片隅にあるATM。この運営をしているのがセブン銀行である。セブン銀行の収益率は、単位床面積で考えるとセブン-イレブンの約40倍にもなるという。
セブン銀行の収益を支えるのがATMの利用料である。だが、この利用料をセブン銀行に支払っているのはATMの利用者ではなく、提携先の銀行なのだという。銀行にとっても全国に店舗を持つセブン-イレブンのATMが自社のATMのように使えることはメリットが大きい。本来はライバルとなる銀行を「顧客」とした点に、セブン銀行の巧みさがあると著者は述べる。
セブン銀行は「セブン-イレブンの店舗内」というメリットも最大限活用している。たとえば、従来セブン-イレブンの1日の売上金は、オーナーが近くの銀行に入金していた。だが、これを店舗内のATMに入金させるようにしたのだ。オーナーの負担も削減され、ATMの現金補充にもなる。他にも工夫を重ね、セブン銀行のATMは現金欠品がほとんど起こらない。銀行関係者が驚く“稼働率99%以上”を維持しているという。
「辺境の地」に生まれたダントツ企業
ソフトバンクグループが3.3兆円で買収したことが話題となったダントツ企業がARMだ。自社で製造を行わず、半導体の設計データのみをメーカーに提供している。携帯電話向けのCPU(中央演算処理装置)の市場でのシェアは95%。営業利益率は50%ほど(2015年12月期)を誇る。
ARMは1990年代半ばから、「低価格・低消費電力」を強みに携帯電話向けのCPUを開発したことで飛躍した企業だ。だが当時のCPU開発の主流はまだPCであり、携帯電話向けのCPUといえば、必要とされる性能はさほど高くなく、価格も安価な市場であった。
1990年代後半の携帯電話のデジタル化に伴い、ARMのCPUは多数のメーカーから採用されるようになる。CPUの雄であるインテルも同様に、ARMからライセンスを買った。やはり、携帯電話向けのCPUは、自社で開発するほどのものではないと考えていたのだ。
だが、iPhoneなどの登場でPCが携帯電話やスマートフォンに代替されるようになる。インテルは2008年に入ってようやく携帯端末向けの低消費電力CPUを発表するが、そのときには、これまでのソフトウエア資産を蓄積したARMの独壇場となっていたのである。
ちなみにARMの本拠地はイギリスのケンブリッジ。半導体ベンチャーがアメリカのシリコンバレーに集中していることを考えると辺境の地といえる。携帯電話という当時では辺境のセグメントにいち早く手をつけたことも、ARMの“ダントツ”ポイントといえるだろう。
インテルがARMからライセンスを買わずに自社開発していたら、現在の業界地図は全くちがったものになっていたかもしれない。他にも本書にはさまざまなビジネスのヒントがちりばめられている。ダントツ企業とそうでない企業を隔てるものは何かなど、いろいろな角度から考えるきっかけになるだろう。
情報工場 エディター 齊藤 睦美
中小企業診断士。テキサス州立ミッドウェスタン大学数学科卒。卒業後、電気通信事業会社や留学斡旋会社に入社するも、両企業とも倒産。勤務した企業が倒産した経験から、経営・会計に興味を持つ。現在は会計や経理業務、コンサルティング業務に従事する傍ら、執筆活動を行う。