2018年5月の『押さえておきたい良書』
集中力があるのはいいことだ。大多数の人は、そう考えているのではないだろうか。
たとえば何かに気を取られて集中力を欠いたばかりに、作業のチェック項目が抜けてミスをしてしまったという経験を、1度はしたことがあるはずだ。そんなとき、もっと集中していれば……と誰もが思うだろう。
ところが、ミスをしないという点では、人間よりも機械の方が優れている。1度プログラミングすれば同じ動作を高い精度で繰り返すことができるし、長時間働いても疲れない。そう考えると、集中力とは、「機械力」とも言い換えられるかもしれない。
本書『集中力はいらない』は、そんな着想から書かれた1冊だ。集中力は大事だが、機械化が進んだ現代で、人間が鍛錬するべき能力はむしろその逆にあるのではないか。そうした仮説から、分散・発散して思考することのメリットが語られている。
著者の森博嗣氏は小説家で工学博士。名古屋大学工学部助教授(元)の傍ら、1996年に『すべてがFになる』(講談社文庫)で第1回メフィスト賞を受賞してデビュー。これまでに300冊以上の著書を出版している。
アイデアを出すための「アンチ集中力」
新しいビジネスのアイデアを出そうという時、集中して考えよう、と思ってはいないだろうか。著者によれば、それだけでは、いいアイデアは出てこない。
本書ではここでの、“集中力の逆の能力”を、「アンチ集中力」と呼んでいる。一点に集中せず、範囲を広げて気ままに分散して思考することこそが、着眼や発想の原動力になるというのだ。
著者が研究者だった頃も、良いアイデアが生まれたのはそんな思考ができていた時だったそうだ。焦点を絞って思考しても解けない問題に突き当たったとき、別の道はないか、同じような傾向はないか、と思考をどんどん広げていく。そのように周囲を見渡すことを続けたあとでこそ、画期的なアイデアが生まれる。
分散して思考することで客観性が得られる
思考を分散させることのメリットは、単にアイデアを出しやすくすることに限らない。著者によれば、客観的な判断ができることにもつながるそうだ。
集中とは言い換えれば、一つのことにこだわり、力を入れている状態ともいえる。それはともすれば周囲を見ることなく、物事を主観的に判断することにもなりかねない。
対して、思考を分散させて考えることができていると、一つのことにこだわるということがなくなる。多様な視点をもち、自分以外の視点でものごとを考えられるようになるのだ。
このほかにも本書には、思考を分散させることのメリットが数多く解説されている。しかし、肝心の方法論は書かれていない。なぜなら、そのような手法に頼ろうとすること自体が、集中して思考することだからだ。まずはタイトル通り、集中力から距離を置いてみることから始めるのがよいだろう。そのヒントを与えてくれる1冊だ。
情報工場 エディター 宮﨑 雄
東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒。前職ではHR企業にて採用・新規事業開発に従事。情報工場ではライティングの他、著者セミナーの運営などを担当。その他の活動には、マンガ情報メディアでの記事の執筆、アナログゲームの企画・制作など。好きな本は『こころ』『不実な美女か貞淑な醜女か』。好きな場所は水風呂。