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2018年6月の『視野を広げる必読書

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』

プロジェクトのあらゆる“想定外”を乗り越えられる魔法のツールとは

『予定通り進まないプロジェクトの進め方』
前田 考歩/後藤 洋平 著
宣伝会議
2018/03 252p 1,800円(税別)

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たいていの引っ越しは計画通りにいかない

 多くの人は、最低でも1回ぐらいは引っ越しを経験していると思う。私も何度か経験したが、引っ越しそのものはあまり好きではない。当日の段取りが、たいてい計画通りにいかないからだ。

 いちばん最近の引っ越し、つまり今住んでいる家に越してきた時もそうだった。この時は、少し前に父が亡くなり、母と同居していた。

 母は、家具や食器、調度品など父との思い出の品を、処分できずにいた。そのため、引っ越し前の家では、母の部屋だけでなく、リビングにまで物があふれていた。

 長距離の移動を伴う引っ越しだったので、引っ越し当日は荷物を積み込むだけ。夜間に移動して翌朝に新居への搬入を行う計画だった。

 ところが、荷物の積み込みが、予定していた時間をオーバーしても、一向に終わる気配がない。引っ越し業者の営業担当が荷物量の見積もりを間違えたようなのだ。

 これは大変と、業者の現場リーダーが本部に増員手配を行い、2人の作業員が駆けつけた。さらに、当初手配された2トン車2台のうち1台を4トン車に交換。荷物を積みきれない可能性があったからだ。

 結局、積み込み作業が終わったのは予定時刻から3時間超過した後だった。

 引っ越し業者が見積もりミスを認めたため、追加費用は請求されなかった。だが、なんとも後味のよくない経験だった。

 引っ越し業者は現地をよく調べずに「3LDKなら荷物はこれくらい」といった経験知からの思い込みで見積もってしまったのだろう。私たち家族には荷物の量に対してどれくらいの人員やトラックが必要かを判断する知識はない。そのため見積もりを疑いもしなかった。

 以上が私たち家族と業者による“引っ越しプロジェクト”のてん末だ。ビジネスでもさまざまな目的のプロジェクトが進行するだろう。その時、この引っ越しのように計画通りにいかないことが少なくないのではないか。そしてその原因が、メンバーの勝手な思い込みやコミュニケーション不足だったりしないだろうか。

 本書『予定通り進まないプロジェクトの進め方』では、プロジェクトがなぜうまくいかないかを分析するとともに、プロジェクトによく使われるツールについて解説。なかでも著者らが考案した、プロジェクトを円滑に進めるための「プロジェクト譜(プ譜)」を紹介し、それを活用したプロジェクトの運営方法を詳しく解説している。

 著者の一人である前田考歩氏は、これまでにさまざまな業界と製品のプロジェクトマネジメントに携わってきたそうだ。そして、「プロジェクト・エディティング」という、刻々と状況や条件が変化しながら進むプロジェクトの管理に編集の技法を応用した手法を提唱、実践している。

 もう一人の著者、後藤洋平氏も、学生時代から、ジャンルや大小を問わず100超のプロジェクトを経験。そこから「プロジェクト工学」のコンセプトを編み出している。

 プ譜とそれを活用したプロジェクトマネジメントは、彼らが提唱するプロジェクト工学やプロジェクト・エディティングの考え方に沿ったものだ。

オーケストラ演奏の楽譜にあたる「プ譜」

 本書では、プロジェクトを「ルーティン・ワークではない仕事」と広く定義している。すなわち、知識やノウハウが不十分な状態で、何らかの未知の状況に対処しながら進めなければならないのがプロジェクトということだ。企業活動でいえば、新規事業の立ち上げや商品開発などが典型的だ。

 また、家を建てる、海外旅行などの生活上のイベントも、ほとんどの人にとってはルーティン・ワークではないので、プロジェクトといえる。

 著者らによれば、計画段階で必要な情報がすべてそろっているプロジェクトは、ほとんどない。それ故、当初の計画通りに進むプロジェクトはまれなのだという。

 プロジェクトでは、複数の人が作業を分担して何らかの目標に近づいていく。それは、オーケストラが楽曲を演奏するのにも似ている。

 オーケストラの演奏の計画は楽譜というかたちで可視化されている。だが、各演奏者が楽譜に沿って演奏するだけでは優れた表現にはなり得ない。リハーサルの段階で、指揮者は各楽器の奏者と、どのように演奏するかを楽譜をもとに議論していく。その過程で楽譜には書き込みがなされ、おのおのの奏者は自分がどんな音を出せばいいかを理解し、全体の演奏の方向性も定まっていく。

 この、オーケストラにおける楽譜の役割を、プロジェクトではプ譜が果たすのだ。

 プ譜には(1)勝利条件、(2)廟算(びょうさん)八要素、(3)中間目的、(4)施策、(5)事象という5つの要素が書き込まれる。廟算とは古代中国における、戦争を始める前の作戦会議のことだ。

 (1)はプロジェクトのゴールであり、「プロジェクトが成功した」と言うための条件だ。
 (2)は(1)を実現するために与えられた「メンバー」「予算規模」「納期/リードタイム」「クオリティー」「ビジネスモデル」「環境」「競合」「外敵」という8つのリソースを指す。
 (3)は(1)に向けた細分化された目的。(目標)
 (4)は(3)のための打ち手だ。
 (5)は(4)の結果の出来事や、影響などだ。

 まず、プロジェクトリーダーは、自分の頭の中にあるこれらの情報をプ譜に記述し、全メンバーに「見える化」する。それにより、全員がプロジェクトの全体像や要素間の関係を理解できるようになる。

 そして、全員でプ譜を見ながら議論することで、お互いの認識の食い違いや思い込みをなくしていく。想定外の事象が生じた時にも、プ譜があれば筋道立った解決策を見いだしやすい。

プ譜を活用したプロジェクトマネジメントの極意

 もし先述の我が家の引っ越しプロジェクトでプ譜が使われたと仮定して、実際のプ譜の活用方法をみてみよう。

 まず、(1)勝利条件としてプ譜の右端に「○月×日に浅羽家引っ越し完了」と記す。

 次にその左側に(3)中間目的を列記する。たとえば「前夜20時に荷物の積み込みを完了する」といったものだ。そして中間目的から勝利条件に向かって矢印を引く。

 続いて中間目的の左側に、(4)施策1として「15時に、2トン車2台、作業員3人が現地に行く」と書き、対応する中間目的に向かう矢印を描く。

 プ譜の左端の(2)廟算八要素を書く欄には「メンバー:3人」「納期:○月×日」といった記述をしておく。

 以上がプロジェクトスタート時の第一局面だ。開始後、発生した(5)事象を随時書き込んでいくわけだが、とくに想定外の事象を書くのが重要になる。

 今回の場合、施策1の横に、対応する(5)事象1「荷物が多すぎて20時までに終えられない」、事象2「2トン車2台に収まらない」を書き込む。このように当初の計画からの変化を書き込んだものが第2局面のプ譜となる。

 このプ譜を見ながら、リーダーを中心に打開策を練ることになる。そして、無効となった施策1を消し、代わりに施策2「増員を要請する」、施策3「4トン車を手配する」を書く。また、それに伴い中間目的も修正し、「23時までに荷物を積み終わる」とする。

 このように、プ譜を使ってプロジェクトの状況を常に可視化し、局面が変化するたびに、プ譜を編集していくのだ。そうすることで、予定通り進まないときでも臨機応変に対応し、プロジェクトの目的を果たすことが可能になる。

 プ譜を保存しておけば、過去のプロジェクトの振り返りもでき、改善に役立てられるだろう。

 たとえば、引っ越しプロジェクトのケースでは、「リーダーが営業と一緒に下見に行き、必要な人数とトラックを決める」といった施策(失敗への対策)が考えられ、次回以降に生かせる。これは、プロジェクトマネジャーの学習にも役に立つだろう。

 本書を参考に、まずは身近な行動についてプ譜で記述してみてはどうだろうか。あるいは自身が参加した過去のプロジェクトを振り返り、プ譜に落とし込んでみる。きっと、予定通り進まないプロジェクトに困惑することが少なくなっていくにちがいない。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2018年6月のブックレビュー

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