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2018年6月の『押さえておきたい良書

『「なぜダメなの?」からすべてが始まる』-ポピンズ30年の軌跡

ダメと言われてからが勝負! 岩を動かし、働く女性の未来を創った“想い”とは

『「なぜダメなの?」からすべてが始まる』
 -ポピンズ30年の軌跡
中村 紀子 著
日本経済新聞出版社
2018/03 224p 1700円(税別)

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 今朝子どもを保育園に預けて出勤してきた、という人が読者の中にもいるかもしれない。共働き世帯が増え、男女問わず育児と仕事を両立させるようになった昨今、保育の場や支援サービスの重要度はますます高まってきていると言えるだろう。

 今から30年前に、いち早く保育支援の必要性に気づき、働く女性のためのサービスを追求してきた女性がいる。それが本書『「なぜダメなの?」からすべてが始まる』の著者、中村紀子氏である。中村氏はベビーシッター派遣事業を営む株式会社ポピンズの創業者。1987年に前身の会社を25坪のオフィスで設立した後、ベビーシッター業界で国内最大手となるまでにポピンズを成長させた。

 現在ポピンズはベビーシッターの育成・派遣のほか、全国200カ所以上の保育施設の運営、スマートシッターというwebでのマッチングサービス、シルバーケアなど、幅広く事業を展開している。だがその歩みは決して平たんではなく、保育業界における慣例や“岩盤規制”との闘いでもあったという。

 本書では、中村氏がアナウンサーから起業家となったいきさつや、ポピンズや保育施設の運営にまつわるエピソード、自らを突き動かした“想い”や影響を受けた人との出会いなどを振り返っている。

国際博覧会史上初となる託児所を開設

 国の福祉政策にも位置づけられている保育業界は、長年厚生省(現・厚生労働省)や社会福祉法人の管轄下にあり、様々な規制が存在していた。現在は緩和されたが、保育所の運営に株式会社は参入できないなど、時代にそぐわないものもあったという。

 そうした、規制や前例にとらわれる業界の体質に著者は立ち向かってきた。アイデアを思いついて「ダメ」と却下されたならば、「なぜダメなのか」と問い、実際に行動を起こして解決策を見いだしてきたのだという。

 著者の姿勢がよく分かるエピソードが、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会(花博)」での託児所の開設だ。

 花博の開催が半年後に迫ったある日、著者は、親子連れ客のために託児所が必要ではないかと思いつく。すぐに事務局に行き交渉するも、出展企業などはすでに決定していた。設置場所、資金、安全上のリスクなどがハードルとなりなかなか承認は得られない。

 最大のハードルは「料金」だった。レストランのように利用料金を徴収するサービスの募集は終了しており、託児施設では料金を取ってはいけないという。著者は、託児施設は「利用料金」ではなく、公衆電話のように「実費」を取るサービスなのだと説き伏せた。こうして諦めずに説得を続け、すべての難問をクリア。無事開設にこぎつけた託児施設は結果的に大好評を得た。国際博覧会で託児所が設置されたのは史上初のことだったという。

名経営者たちから教えを受ける

 花博での成功の裏には、名経営者からの教えがあったと、著者は語っている。その人物は大山梅雄氏。大山氏は、日出製鋼(のちの東洋製鋼)社長として同社を再建、東京鋼鉄、ツガミの再建にも携わった「再建の神様」と呼ばれる企業再生家だ。

 著者が大切にしている大山氏の言葉が、「チャンスは貯蓄できない」。躊躇(ちゅうちょ)していてはすぐに機会が失われる、だからチャンスは迷わずつかむことが大事、という意味だ。この教えを実践したのが花博の託児所開設だった。

 また、著者は、「サービスが先、利益は後」というヤマト運輸の小倉昌男氏にも影響を受けたという。小倉氏は宅配便の規制緩和をめぐり運輸省や郵政省と闘ってきた人物。著者は、まず働く女性にとって一番必要なことを考え、壁となる規制があれば省庁との交渉も辞さない姿勢を小倉氏からも学んだのだ。

 本書は、1人の女性の起業ストーリーとしても楽しめる。保育の世界に目を向けるきっかけにもなるだろう。何より古い規制や慣習、業界体質と立ち向かい、現状を変えるための勇気が得られる1冊だ。

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

神奈川生まれ千葉育ち。早稲田大学第一文学部卒。翻訳会社でコーディネーターとして勤務した後、出版業界紙で広告営業および作家への取材・原稿執筆に従事。情報工場では主に女性向けコンテンツのライティング・編集を担当。1年半の育休から2017年4月に復帰。プライベートでは小説をよく読む。好きな作家は三浦しをん、梨木香歩、綿矢りさなど。ダッシュする喜びに目覚めた娘を追いかけ、疲弊する日々を送っている。

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2018年6月のブックレビュー

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