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2018年7月の『視野を広げる必読書

『人間関係 境界線(バウンダリー)の上手な引き方』

あの人の「イライラ」に振り回されない、とっておきの方法

『人間関係 境界線(バウンダリー)の上手な引き方』
おのころ 心平 著
同文舘出版
2018/04 224p 1,400円(税別)

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受け身の「感受性」を能動的な「感性」に変えるには

 タレントのタモリは、数々の“名言”でも知られている。その1つに「人見知りは才能」というものがある。いくつかのテレビ番組などのメディアで、本人、あるいは他の芸能人(自分に言われたこととして)が語っており、表現はさまざまなのだが、人見知りをポジティブに捉えるということでは共通している。

 つまり、こういうことだ。人見知りの人は、相手の気持ちを敏感に察知し、先回りして考える。「こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか」と想像してしゃべれなくなってしまうのだ。だが、そういった感受性の高さは、とりわけ芸能においては武器になる。アーティストのクリエーティブな発想の源にもなる。

 ただ、感受性は文字通り「受け身」なものだ。人見知りで、単に自分を閉ざすばかりで何も行動できない人もいる。そういう人たちは、感受性が強いばかりに、相手の感情などさまざまな事象をダイレクトに受け止め、それを自身にため込んでしまいがちだ。それがストレスになり、心身に不調をきたすことも多い。

 では、タモリが言うように、人見知りの感受性を才能に変え、発揮していくにはどうすればいいか。言葉遊びではないが、感受性から「受」を取ると「感性」になる。「感性を操る」という言葉があるように、感性は受け身ではなく能動的なものだ。

 こんなことを言ったら嫌われるんじゃないか、を「こういうことを言ったら喜ばれるんじゃないか」と逆転させる。すると能動的に相手に働きかけられる。あらゆる芸術や芸能活動は、究極的には「人を喜ばせる」ことが目的と考えられる。これが、タモリの言う「才能」ということなのだろう。タモリは、ある番組で「人見知りじゃないやつは面白くない」とまで言い切ったという。極論だし、タモリ個人の感覚ではあるのだが、人見知りで人間関係に悩む人に勇気を与える言葉であることは確かだ。

 感受性を感性に変換するコツの1つに、他者との「境界線(バウンダリー)」を意識することがあると思う。バウンダリーを自在に“引きこなす”、つまり自分の意思で状況に応じて他者との距離感を調整すれば、人間関係を良好に保てるばかりか、クリエーティブな才能を発揮できるかもしれない。また、バウンダリーを越えて侵入してくる人への対応に時間をとられたり、感情や言葉に思い悩んだりすることも少なくなるので、仕事の効率化にも結びつくだろう。

 本書『人間関係 境界線(バウンダリー)の上手な引き方』では、タイトル通り、上記のバウンダリーの使いこなし方を具体的に提案している。実際に起こりうるシチュエーションを想定したケーススタディーも複数掲載されており、読者が抱える人間関係の悩みを解決するヒントも提供する。

 著者は、一般社団法人自然治癒力学校理事長。「ココロとカラダのカウンセラー」として、24年間に24,000件以上のカウンセリングをしてきたという。

コミュニケーションが複雑化する現代に必要な「バウンダリー」

 著者は、バウンダリーを「自分と他人との間にある境界線」と定義し、「『ここからここまでは自分の領域、そこから先はあなたの領域』ときちんと線引きしていく方法」と説明している。

 目には見えないバウンダリーを理解し、使いこなすことは今の時代、とても重要なことだと、著者は強調する。なぜだろうか。

 人との関係性の強度を決める3大ファクターは「会う頻度」「交わす言葉」「態度(言葉以外のボディーランゲージ)」だという。バウンダリーを適切に保つヒントも、この3つをコントロールすることにある、とのことだ。

 ところが、例えばSNSの発達により、会う頻度が少ない、あるいはまったくないにも関わらず、交わす言葉の量が多い、という関係が普通になってきている。そういった関係の人たちが実際に会うと、会話が続かなかったり、態度がギクシャクしたりすることが、特に若い世代には結構あるのではないだろうか。

 そのように3大ファクターが錯綜(さくそう)し、コミュニケーションが複雑になりがちな現代では、意識してストレスのない人間関係を維持するための「技(わざ)」が必要だ。その技こそがバウンダリーを引くことによる関係性の調整なのだ。

 バウンダリーがうまく引けていないがゆえに、他者が侵入してくることとその状態を、著者は「バウンダリー・オーバー」と呼んでいる。親子間でいえば「過保護」「過干渉」と言われる状態だ。親子でないならば「お節介」という言葉が適切だろうか。

 本書のケーススタディーには、職場で上司が、頼んでもいないのに頻繁にアドバイスをしてくる、という相談事例が紹介されている。自分のデスクで仕事をしていると、上司がやってきて「今、何しているの?」と尋ねる。それに対して「〇〇をしています」と答える。すると、「どうすればいいですか?」などと聞いてもいないのに「ああ、それはこうしたほうがいい」といった助言をしてくる。そんなことがしょっちゅうあるのだという。

 この場合、もちろん上司に悪気はない。おそらくアドバイスを聞いてもらうことで、上司としての存在価値を認めてもらいたい、という深層心理があるのだろう。これは明らかなバウンダリー・オーバーだ。部下である相談者はそれによって時間を取られ、仕事が進まない。しかし、上司との関係性を壊したくないため、アドバイスを受け入れている。

 バウンダリー・オーバーには、そういった対人行動だけでなく、「感情感染」もある。愚痴ばかりを言う、悲観的で心配ばかりしている、いつも不機嫌でイライラしている、といったネガティブな感情表現は伝染する。きっと経験のある人も多いだろう。もしかしたら自分がその発信源になっているかもしれない。

 特に言葉をかけられなくとも、そういう人がその場にいるだけで、嫌な気分になり、ストレスがたまったりするものだ。しかし、いきなりその人をポジティブに変えようとしても徒労に終わるに違いない。まずはバウンダリーを引き、感染をシャットアウトすることだ。

バウンダリーを引くのは相手をはねのけることではない

 本書には、バウンダリー・オーバーを解消、あるいは予防するテクニックの1つとして、表情やしぐさを使う方法が、イラスト入りで詳しく紹介されている。

 表情については、恐れ(不安)、悲しみ、驚き、怒り、嫌悪、軽蔑、幸福感という7つの感情をベースに、状況に応じて「微表情」を作る。微表情とは、例えば怒りであれば、明らかに怒っていることがわかる露骨な表情になる手前の、わずかに感情が表れた顔の動きだ。

 怒りを象徴する表情は、まゆ毛が中央と下部に寄り、鼻に縦じわができ、目に鋭く力が入り、まぶたが上下とも緊張する、といったものだ。かすかにこれらの動きをするのが微表情なのだ。

 バウンダリー・オーバーをしてしまう人は、たいていそれが相手の迷惑になっていることに気づいていない。微表情でやんわりと伝えることで、「ああ、この行為は迷惑なんだな」と本人が自分でバウンダリーを理解できる。直接言われたり、露骨な表情をされたりするよりも、相手の自尊心を傷つけない上手な伝え方と言えるだろう。

 気をつけなければならないのは、ネガティブな微表情が癖にならないようにすることだという。微表情であっても、常に悲しみや恐れが表に出てしまっていると、「どうしたの?」と声をかけられるなど、相手からのバウンダリー・オーバーを招き寄せかねないからだ。

 幸せの微表情を習慣にするのを著者は勧めている。頰をわずかに引き上げ、両方の口角を少しだけ上げる。「ほほ笑み」を心がけるといいのだろう。普段はそういった柔らかい表情をしているからこそ、いざというときにネガティブな微表情でバウンダリーを引けるのだという。

 ただし、勘違いしてはいけないことが1つある。バウンダリーを引くのは、相手をはねのけることでも、壁の向こう側に追いやることでもない。先にも述べたように、著者はバウンダリーを、「ここからここまでは自分の領域、そこから先はあなたの領域」ときちんと線引きしていく方法、と説明している。そう、自分だけでなく、「あなたの領域」を作ってあげるのが重要なのだ。

 例えば、感情感染の1つとして挙げた、悲観的で心配ばかりしている人の場合。そういう人は、たいてい、特定の事柄に対し完璧主義で丁寧にやらねば気がすまない。そこで、丁寧にやっているところを「すごいね!」と褒めたたえるようにする。それを続け、その人が安心できる居場所(領域)を作ることで、悲観的見方の原因となっている「心の不安」を小さくしていくことができる。

 より良い人間関係を築き、それを前向きで創造的な行動に結びつけるヒントを、ぜひ本書から読みとってほしい。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年7月のブックレビュー

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