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2018年7月の『押さえておきたい良書

『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』

「競争する負け犬」になるな
トランプ政権の腹心、ピーター・ティールの戦略と思考法

『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』
トーマス・ラッポルト 著
赤坂 桃子 訳
飛鳥新社
2018/05 320p 1,574円(税別)

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 世界最大のオンライン決済サービス、ペイパルの共同創業者。また世界最大のSNS企業、フェイスブックの外部投資家。さらにはCIAやFBIを顧客に持つビッグデータ解析企業、パランティアの共同創業者――この3つの世界的企業を強力に導き、「シリコンバレーの頂点を極めた」とも表現される人物が、ピーター・ティールだ。

 2016年の米国大統領に出馬したドナルド・トランプ氏への支持を表明し、125万ドルを寄付すると発表したことも人々の注目を集めた。トランプ政権でテクノロジー・アドバイザーを務める彼が取り組む、画期的なイノベーション支援とは、いったいどのようなものなのか?

 本書では、テクノロジーをめぐる彼の哲学とビジョン、そして独特の思考法を検証しながら、その答えを明らかにしていく。
 著者はシリコンバレーの金融およびテクノロジーに通じた起業家、投資家、ジャーナリスト。

哲学者ジラールから起業家・投資家としてのあり方を学ぶ

 1967年にティールはドイツ人として生まれる。少年時代からすばらしい数学的・論理的思考能力を発揮し、チェス選手としても13歳未満の部門で全米7位に入るなど頭角をあらわした。しかし彼はこうした少年時代をふりかえり、競争に勝つことばかりを考え、不健全であったと語っている。
 そんなティールに大きな影響を与えたのは、スタンフォード大学時代の恩師である著名なフランス人哲学者、ルネ・ジラールだった。
 ジラール思想の核にあるのは、模倣理論と競争。人間の行動は模倣に基づいており、そこから逃れることはできない。しかし、模倣は競争を生み、競争者は自分の本来の目標や利益すらも置き去りにし、争い合ってしまう……というものだ。

 ただそこに細やかな神経を持って、これまで誰もつくらなかった何かをつくることができれば、初めて持続的価値が生まれ、勝者となる。よって「競争は敗者のためのもの」というのが、彼の主張だ。

 またティールは、自らを「逆張り思考」の知識人と評する。これは単にふつうの人間と正反対に行動することではない。他人を模倣するといった踏み固められた道ではなく、「何かに左右されない考え方」を持ち、道なき道を選んでこそ、成功をおさめることができるという考えだ。

テクノロジーの進化によって世界の運命は変わる

 2004年、ティールはデータマイニングを行うソフトウエアの開発やセキュリティ―ソリューションを提供するパランティア・テクノロジーズを創業する。ペイパルで培った独自のアルゴリズムをさらに発展させ、犯罪やテロの抑止、市民の自由を守ることなど、社会的意義の大きいニーズに応えようとしたのだ。

 ティールは、現在の米国を“テクノロジーの国”とは見なしていないという。iPhoneに使用される技術が、アポロ計画のような大きなビジョンではなく、ゲームアプリに投入されていることにいら立ちを感じている、と著者は指摘する。現在、彼がトランプ大統領のアドバイザーを務めているのは、政治的に影響力を持つことで、米国をもう一度「テクノロジーこそ美徳」という価値観に引き戻し、イノベーティブな国にするために他ならないのだ。

 またティールにとって大事な価値観に「個人の自由」というものがある。テクノロジーの分野では、たった1人の個人でもものごとを大きく動かし、変えることが可能だ。それならばテクノロジーの力で権力から自由な空間をつくり普及させる努力をすれば、世界の運命は変わるかもしれない。そう考える彼は、新しい形の社会的・経済的生活を試せるような「未発見の領域」を開拓しようとしているという。

 その1つの動きが、民間宇宙開発事業への資金提供だ。ティールはNASAの優位を切り崩しつつあるスペースXに大きな投資を行い、火星への入植を目標としているという。また、海洋上に国家の影響が及ばない永住可能居住空間をつくろうと、海洋自治都市のプロジェクトにも投資している。

 並の人間の思惑を超えた行動に出続ける、戦略家ピーター・ティール。彼が放つ次の一手はどんなものか、今後も目が離せない。

情報工場 エディター 平山 真人

情報工場 エディター 平山 真人

鹿児島県出身。演劇活動をしながら児童文学作家 山口理氏のもとで物語創作ならびに文章術を学ぶ。あるとき新聞連載の企業コラム執筆の機会を得たことから、本格的にライター業を開始。また多彩な職種経験(画家の助手など)で培ってきた広い視野を生かし、独自のカウンセリングサービスも行う。井上ひさし氏の言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに」が自らの信念。趣味は父の影響を受け、盆栽を少々。

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2018年7月のブックレビュー

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