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2018年7月の『押さえておきたい良書

『幕末・明治 偉人たちの「定年後」』-知られざる晩年から学ぶ人生の仕上げ方

積年の夢をかなえるか、波乱に生きるか?人生の醍醐味は“定年後”にあり!

『幕末・明治 偉人たちの「定年後」』
 -知られざる晩年から学ぶ人生の仕上げ方
河合 敦 著
WAVE出版
2018/04 216p 1500円(税別)

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 “第二の人生”に関する議論が盛んだ。男女の平均寿命が延び続け、このままだと100歳まで生きる人が珍しくなくなる、という研究結果もある。つまり65歳で定年を迎えたとしても、それまでの仕事人生に匹敵するほどの時間が与えられるというのだ。

 では、そうした時間を有意義に使う、つまり何かを成し遂げたり、生き生きと過ごすためには、どうすればいいのだろう?

 そのヒントを、過去の傑物たちから学ぼうというのが本書『幕末・明治 偉人たちの「定年後」』である。勝海舟、前島密、秋山好古など16人以上の偉人を取り上げ、彼らの第二の人生を紹介。功成り名を遂げた後にかつての「夢」を実現したり、意外な転身を遂げ波瀾(はらん)万丈に歩んだ人物たちの晩年を、史料をもとに描き出している。

 著者は歴史家、歴史作家。執筆、講演、テレビ出演など精力的に活動中である。

かつて目指した教師の道へ進む

“むしろこちらが天職と思えるくらいであった。軍服は一切着なかった。いつも背広姿に鳥打ち帽をかぶって馬で出勤した。校長室は狭くて夏は極めて暑い部屋だったが、好古は一度も暑いと嘆かず、(中略)整理整頓も自らきちんとやり、ゴミも自分で始末したという。”(『幕末・明治 偉人たちの「定年後」』p.146より)

 上記は秋山好古の、定年後の様子である。秋山好古とは日露戦争で活躍した軍人で、騎兵の育成に尽力したことから“日本騎兵の父”とも称される人物だ。陸軍の最高位である大将にまでのぼりつめ、64歳で予備役に、つまり定年を迎えた。

 好古が第二の人生に選んだのは故郷松山、北予中学校の校長の道だ。はじめ学校側は名誉職として、好古の名前を貸してほしいと打診した。しかし好古は単身で松山へやって来て、実際に教員として働き始めたのである。

 軍人らしい高圧的なふるまいをしない好古のことを、生徒も慕っていたそうだ。勤勉な好古の姿が影響してか、校内の雰囲気は大きく変わり、不良たちはみな勉強をするようになった。また好古は付近の学校で起きた生徒の騒動を収束させるなどし、周囲から大きな信頼を得ていたという。

 実は、好古はかつて教師を目指していた。10代で師範学校も卒業しているが、ひょんな偶然も重なり軍人の道に進んだという経緯があったのだ。かつて夢みた教職の道を、好古は約6年間、無遅刻無欠席で勤め上げた。校長の任を降りたのは、持病が悪化し亡くなる半年前のことだったという。

政治家から小説家へと転身

 福地源一郎は明治10年代に誕生した初期三政党の1つ「立憲帝政党」の創建者である。つまり一般的には政治家として知られている。

 源一郎にはもう1つの顔があった。新聞記者である。頭もよく、筆が立つ源一郎は、東京日日新聞の主筆として活躍していた。だが政府に擦り寄り、御用政党である立憲帝政党を立ち上げたことで世間の人気を失ってしまう。政府からも疎んじられ、結局政界からも、新聞界からも身を引くことになる。

 新聞社を退社した47歳の源一郎は、一転して小説家の道へ進む。『もしや草子』という近未来小説を皮切りに、歴史小説から恋愛小説、評伝まで、数多くの作品を書き上げた。さらに日本演劇の改良運動にも身を投じ、とくに歌舞伎の革新に情熱を注いだ。時の名優・九代目市川団十郎は源一郎を大いに信用し、源一郎の書いた戯曲を積極的に用いたという。

 源一郎は多くの才能に恵まれたが、どの分野でも目立った功績は残さなかったようだ。だが亡くなった時、質素なその葬式には2千人を超える弔問客が訪れた。伊藤博文や市川猿之助、そして芸妓までが集まったという。数々の職種を精力的にこなした源一郎の生きざまがうかがえると、著者は述べている。

 本書では他にも、社会福祉事業に全霊を注ぎ込んだ渋沢栄一など、多彩な人生の“後半戦”が描かれている。定年なんてまだまだ先という人も、彼らの晩年に思いをはせてみてはどうか。もしかしたら新たな夢が、見つかるかもしれない。

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

神奈川生まれ千葉育ち。早稲田大学第一文学部卒。翻訳会社でコーディネーターとして勤務した後、出版業界紙で広告営業および作家への取材・原稿執筆に従事。情報工場では主に女性向けコンテンツのライティング・編集を担当。1年半の育休から2017年4月に復帰。プライベートでは小説をよく読む。好きな作家は三浦しをん、梨木香歩、綿矢りさなど。ダッシュする喜びに目覚めた娘を追いかけ、疲弊する日々を送っている。

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2018年7月のブックレビュー

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