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2018年8月の『押さえておきたい良書

『歴史の謎はインフラで解ける』-教養としての土木学

桶狭間での織田信長の勝因は、戦術ではなく「インフラ」だった!

『歴史の謎はインフラで解ける』
 -教養としての土木学
大石 久和 藤井 聡 編著
産経新聞出版
2018/05 216p 1,500円(税別)

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 車体に乱反射する陽光、そして排ガスの臭い。いつもの交差点で、目の前を行き交う自動車からアスファルトの路面へふと視線を移す。足元に広がる道路が一体いつどのように造られたか、その歴史を想像したことはあるだろうか。

 本書『歴史の謎はインフラで解ける』は、インフラとそれを造りあげる土木が、経済や社会といかに深くつながっているかを、古今東西の歴史をひもときながら明かしてゆく。

 著者の大石久和氏は公益社団法人土木学会第105代会長。2016年から一般社団法人全日本建設技術協会会長を務めている。もう一人の藤井聡氏は、現在、内閣官房参与として実務に携わる一方、京都大学大学院教授(都市社会工学専攻)も務めている。

天下統一を推し進めたインフラの力とは?

 本書は、インフラを通して経済や社会を見ることで、歴史の様々な謎が解けるようになると説く。時代を遡り、まず桶狭間の戦いを見てみよう。この戦いは、圧倒的兵力を誇る今川義元に対し、織田信長が戦術を駆使して破ったという図式で描かれることが多い。ところが、著者は異なる見解を示す。

 当時、織田氏と今川氏の領地の石高は、それぞれ57万石と69.5万石だった。つまり、兵力に大差があったわけではなく、単位面積あたりの農業生産力は、面積の小さな尾張(織田氏)のほうが高かった、と著者は指摘している。織田氏は農業土木を主導的に展開し、農業生産力を高めていた。周辺の武将にとっても、この農業生産力の増強が織田氏へ味方する動機になったのではないかと、著者は述べる。勝敗を決したのは、農業インフラへの取り組みであった、というのだ。

 もう1つの重要な施策が、その後の道路ネットワークの整備である。当時はまだ軍用と見なされていた道路を、織田氏は経済活動を支えるインフラとして再構築した。具体的には「街道・脇道・在所道」という新しい規格区分を制定し、それらにのっとって蜘蛛(くも)の巣状に造り直したのだ。

 こうして、農業生産性の向上と物流システムの効率化を両輪に、経済力と軍事力を高め、豊臣秀吉へとつながる天下統一への夢を推し進めた。

土木は日本の未来をどう変えるのか

 “「四通八通の便を画り、運輸交通の発達を努めんには、鉄道を敷設し、且之と同時に電信を架設して全国の気脈を通すること実に最急の要務なり」”(『歴史の謎はインフラで解ける』p.133より)

 これは戊辰戦争終結後の1870年代、近代的な国造りを目指し、鉄道と電信の壮大なインフラ整備に着手した大隈重信の言葉である。この言葉どおり、基礎インフラは全国の交流を促し、近代国家としての飛躍的な発展をもたらした。

 ところが現在、日本は先進諸国と比べてインフラ整備水準が著しく低いのだそうだ。例えば、自動車1万台あたりの高速道路総延長は米国の7分の1で、先進国の中で最下位だ。それにも関わらず、インフラ投資は縮小している。そしてインフラ投資の縮小は東京一極集中と地方衰退も招いている。この首都一極集中の度合いは、先進諸国の中で突出しているという。

 著者は、インフラ投資の縮小が地方衰退を招き、日本経済停滞の一因となっていると分析している。そして、土木の力によってこれを解消するための処方箋を示している。

 一例が、全国の高速道路と新幹線の整備計画の進行である。現在、両者とも地方に未完成区間が多く残されている。計画を実現させることで地方衰退を食い止め、全国の生産性を向上させることができる。また、「第二青函トンネル」の実現も重要だという。北海道は特に衰退著しい地域であるが、現青函トンネルではメリットを生かせていない。第二トンネルにより、新幹線の通常速度運行と自動車の往来が可能となり、利便性は飛躍的に向上するという。

 このような生産性や利便性の改善はヒトとモノの流れを変え、地方創生を促し、東京一極集中の構図を一変させるだろう、と著者は述べる。

 本書を読み終えた後、見慣れた交差点の片隅に、時空を超えた土木の痕跡を見いだすかもしれない。その痕跡はきっと私たちの未来について何かを語り始めることだろう。

情報工場 エディター 尾倉 怜

情報工場 エディター 尾倉 怜

東京都出身。慶應義塾大学文学部卒。様々な職業を経て、現在は建築や空間のデザイン・設計業務に従事する傍ら、執筆活動を行う。政治からスポーツまで幅広く関心を持ち、読書では、広範なジャンルの作品ひとつひとつと丁寧に向き合うことを、日々心掛けている。

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2018年8月のブックレビュー

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