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2018年9月の『押さえておきたい良書

『ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』

大企業から成長企業へ転職した私が「経営ゲーム」で最下位になった理由とは

『ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』
西山 茂 著
日経BP社
2018/06 256p 1,800円(税別)

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 私は転職したことがある。転職前の会社は、安定期に入っている大企業。転職後の会社は、まだ規模は小さく、成長期にある企業だ。

 その転職先の会社の研修で「経営ゲーム」をやった。急成長中の架空の会社を設定し、各四半期初に、製品開発、マーケティング等に、いくら投資するか戦略を決める。この戦略に基づいて、講師がコンピューターで各期の売上高・利益等を計算し、決算発表をする。決算の数字の多寡を競うのだ。

 私は、財務健全性の維持を重視し、各期の投資は営業のもうけの範囲内にとどめるようにした。ところが期が進むにつれ順位は下がり、最終期の決算では、ダントツの最下位となってしまった。

 財務の健全性を維持する経営戦略が、なぜ企業のパフォーマンス向上につながらなかったのだろうか? 本書『ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』は、企業活動と、財務諸表等の会計数字とのつながりを理解し、シミュレーションすることができるようになることを目指した1冊だ。

 著者の西山茂氏は早稲田大学ビジネススクール教授。監査法人トーマツ等にて会計監査、株式公開コンサルティング、M&A支援、企業研修等の業務に従事。2002年から早稲田大学で教鞭(きょうべん)をとる。

成長ステージを無視して数字の良し悪しを決めてはいけない

 本書は、「リスクの抑制」「成長の持続」等の10のテーマに分けて会計上の理論を詳述しながら、テーマに関連した優良な日本企業の財務諸表分析を行う、という構成をとっている。冒頭の例に関して、「キャッシュフローの重視」という章をみてみよう。

 企業は、事業でもうけてキャッシュフローを生み出し(営業キャッシュフロー)、設備投資・買収等の投資を行う(投資キャッシュフロー)。残ったキャッシュフローを、配当や借入金返済の原資として、株主や銀行に分配を行う(財務キャッシュフロー)。このとき、事業でもうけて、投資をしたうえで残ったキャッシュフローを、フリーキャッシュフローと呼ぶ。

 このフリーキャッシュフローは、一般的には、プラスの方が良いと捉えられがちだ。しかし、著者は、企業の成長ステージによる企業活動の違いを無視して、プラスにすることを過度に重視することには警鐘を鳴らしている。

 企業が安定期にある場合は、営業活動での稼ぎも多く、追加の大規模な投資も、それほど必要がない。そのため、フリーキャッシュフローはプラスとなることが多い。しかし、成長期の場合は、売上高・利益が急成長する中で、売掛金や棚卸資産といった運転資本が増加し、営業キャッシュフロー自体がマイナスになることもある。また、将来の成長のため、もうけた金額以上の大きな投資が必要となるケースもある。この場合のフリーキャッシュフローのマイナスはやむを得ないとしている。

企業方針に合わせて、適切な会計目標を設定する

 上記の点について、著者は日立製作所を例として分析している。同社は、業績不振にあった2010年5月に発表した中期経営計画では、「フリーキャッシュフロー黒字継続」という目標を掲げていた。この時期の同社は経営を安定させるために財務体質を強化することを目指していたため、投資を抑制し、フリーキャッシュフローのプラス維持を重視したのだ。

 一方で、業績回復後の2016年に発表された中期経営計画からは、成長に転じるため、上記の文言は消え、代わりに営業キャッシュフローを増やすことが目標として掲げられている。この時期の同社は、成長事業への投資拡大方針にシフトしており、投資抑制ではなく、成長投資のためのキャッシュを確保しようとしているのだ。

 それに対して、冒頭の私の例では、成長期にあると設定された企業に対して、フリーキャッシュフローを黒字化することを重視し過ぎてしまった。成長期の企業に不適切な目標をおいてしまったために、投資を抑制してしまい、成長を鈍化させてしまったのだ。転職前の安定企業で慣れ親しんだ「フリーキャッシュフローはプラスが理想だ」という、単純な決め付けが私の中にあったのである。

 本書で会計数字の意味を深く理解することができれば、私のようなミスをすることなく、より良い結果につながるような、適切なビジネス上の判断ができるようになるだろう。自分の業務がどんな企業パフォーマンスにつながっているのかを意識するためにも、財務や経営にかかわるビジネスパーソン以外にも、お薦めする1冊だ。

情報工場 エディター 足達 健

情報工場 エディター 足達 健

兵庫県出身。一橋大学社会学部卒。幼少期の9年間をブラジルで過ごす。文系大学に行きながら、理系の社会人大学院で情報科学を学ぶという変わった経歴の持ち主。システムインテグレータを経て、外資系のクラウドソフトウェア企業でITコンサルティングサービスに携わる。1児(4歳)の父。「どんなに疲れていても毎日最低1時間は本を読む」がモットー。人工知能などのITの活用や仕事の生産性向上から、子どもの教育まで幅広い関心事項を持つ。

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2018年9月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店