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2018年10月の『押さえておきたい良書

『日本のワインで奇跡を起こす』‐山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで

日本初の金賞を受賞、世界に認められた日本のワインが誕生するまでの辛苦

『日本のワインで奇跡を起こす』
 ‐山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで
三澤 茂計 三澤 彩奈 著 堀 香織 構成
ダイヤモンド社
2018/7 276p 1,500円(税別)

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 「ワイン」と聞いて多くの人が最初に思い浮かべるのは外国産のものではないだろうか。しかし、本書『日本のワインで奇跡を起こす』におけるある父娘の奮闘を読めば、日本のワインのことを意識せざるを得なくなり、きっと今すぐにでも飲みたくなるに違いない。

 著者は中央葡萄酒株式会社代表取締役社長の三澤茂計氏と、娘であり同社の取締役栽培醸造責任者を務める三澤彩奈氏。

糖度の高い良質なブドウを目指す、そして挫折

 山梨県甲州市勝沼町にある中央葡萄酒は、地元で採れる、日本固有種であるブドウ「甲州」にこだわってワイン造りを進めるワイナリーである。

 中央葡萄酒で幼い頃から父・茂計氏を手伝い、ワイン醸造に親しんでいた彩奈氏は、ごく自然に「ワインに携わる仕事をしよう」と決意したという。2004年、フランスのボルドー大学醸造学部の教授に世界レベルのワイン造りを教わったのをきっかけに、従来の勘頼りの製法から脱却すべく、科学に裏付けされた醸造学に興味を持つようになる。

 ワインの出来は原料のブドウで8割が決まるといわれている。甲州は長年食用に栽培されており、糖度が上がりづらいと考えられていたため、長い間、ワイン用のブドウには適さないと見られてきた。醸造の技巧に頼らずに質の高い風味を求めるのであれば、収穫したブドウには20度以上の糖度が必要である。かつての栽培法では甲州の糖度は16~18度もあればいい方で、ある一定の熟度に達すると、ぴたりと動かなくなってしまう。

 そこで、茂計氏は、原料となるブドウ栽培の改善に乗り出す。甲州の多くは枝を藤棚のように四方に伸ばして樹を大きく育てる「棚仕立」という栽培が主流だった。この方法だと多くの収量が期待できる半面、一枚一枚の葉や房に十分な陽光が当たらず、糖度の高い良質なブドウがとれない。そのため、海外のワイナリーではスタンダードである、生け垣のように枝を縦にはわせる「垣根仕立」という栽培方法を採用した。

 だが1992年に挑戦したときには、樹勢の強い甲州の性質のせいで花も咲かず、実がならなかったという。

甲州が世界の頂点をつかんだ日

 ある時、彩奈氏は海外のレストランで、自分たちのつくったワイン「グレイス甲州」のファンだという客に出会う。味もラベルもすべてが日本らしい――そう声をかけられた彩奈氏は「甲州で造ったワインは、日本の文化を秘め、語る」という可能性を感じたそうだ。その思いはワイン醸造家としての土台になったと語っている。

 彩奈氏がボルドー大学に入学した2005年、茂計氏は甲州の垣根栽培に再び挑戦する。そのブドウは3年後の2007年に無事に結実し、収穫することはできたが、糖度は従来と同レベルであった。その後も2011年まで5年連続「糖度20度の壁」を超えることはなく、父娘にとって不安や焦燥の消えない、辛く苦しい日々が続いた。

 甲州の垣根栽培を成功させるヒントをつかむため、彩奈氏は夏から秋にかけてのオンシーズンは日本でワインを仕込み、オフシーズンの春は南半球のワイン産地に行って現地のワイナリーで働いて修行する、という生活を続けた。

 海外で経験を積んだ彩奈氏は南アフリカの教授にアドバイスをもらったリッジシステム(高畝式)を採用し、樹になるべく水分を吸わせないことでストレスをかけ、ブドウの風味を凝縮させるよう仕向けた。

 そして2012年、甲州の糖度がついに20度を超え、翌2013年には自然変異により糖度25度の房が生まれるようになった。この時のブドウを含めて醸造したワインが、「キュヴェ三澤 明野甲州2013」。2014年6月、ロンドンで開催された世界最大級のワインコンクール「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード」で日本初の金賞を受賞する。父にとっては40年弱、娘にとっては7年の歳月を経ての快挙であった。

 本書には「ほんの小さな変化の積み重ねが、良い方向に向かっているのなら、いつしかとてつもなく大きな変化となる」という、ネルソン・マンデラの格言が出てくる。そのことを、実感させてくれる1冊である。

情報工場 エディター 山田 周平

情報工場 エディター 山田 周平

埼玉県出身。早稲田大学第一文学部卒。学生時代はラジオ・雑誌投稿、大喜利コンテスト参加など笑いの道を追求する。現在は内外図書・雑誌の販売業および輸出入業、学術情報提供サービス業、出版業を展開する会社に勤務し、学術雑誌の編集に携わる。趣味は読書、映画鑑賞。好きな作家は色川武大、筒井康隆、川上弘美など。

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2018年10月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店