「はらさん、クレームです」。受付からの電話で、身体は強張り、軽い動悸。突然のクレームに皆さんはどう対応するだろうか。
本書『謝罪力』はこんなときの心強い味方だ。謝罪をコミュニケーションと捉え、謝罪する側・される側のより良い関係の築き方を指南する。著者は、吉本興業で広報、危機管理を担当し、数々の修羅場を潜り抜けて来た“謝罪マスター”。
2018年の、某大学アメフト反則タックル事件を覚えているだろうか。世間を賑わせたこの事件では2つの会見が行われた。加害選手と大学側の会見である。
加害選手は監督らの危険行為の指示に従って怪我をさせたと説明し、真摯に謝罪する一方で、大学側の会見は十分な経緯説明もなく、司会者は質問を遮るなど、波乱の会見となった。前者を「良い会見」、後者を「悪い会見」と見る向きもあるだろう。だが著者は、大学側が加害選手の謝罪意思を汲み取れず、選手単独で会見を行わせてしまったことこそ最大の失敗だと言う。
大学側は、加害選手・被害選手の立場をおもんぱかり、「上位のゴール」を設定することが何よりも必要だった。上位のゴールとは例えば、「両大学の選手が再び全力で試合をする」だ。そのうえで事実関係を把握し、ゴールのための対話をすべきだったのだ。ゴールは加害者・被害者の落としどころ、とも言い換えられる。双方が、融和のポイントを見つけるために必要なことは一にも二にもコミュニケーションだ。それなのに、加害選手がたった1人で会見に臨んだことは、関係者のコミュニケーションの不在を物語っている。
謝罪会見は、ゴールに至るシナリオの一場面に過ぎない、と著者。立場が違えど、謝罪する者と謝罪される者はゴールを共有しているのだ。相手が怒っているのだとすれば、謝罪する者は怒りの対象をきちんと把握し、謝罪される者自身も「何に怒っているかを明確にしなくてはならない。いわば「怒りの理解」に向けた心のキャッチボールが謝罪の肝だ。
さて、冒頭の事例は、担当者が不在で偶々とった電話だった。だから他人事にしか思えず、電話を切ることで頭がいっぱいだった。だが本書を読むと第三者だからこそ、出来ることがあったのではないかと感じる。クレームを言う側、言われる側の立場を想像し、上位のゴールに向かうコミュニケーションの方法を提案出来たのではないだろうか。謝罪力とは共感を基にやりとりを重ね、まとめていく、コミュニケーションの編集力ともいえるのだ。
本書には、悠長なことを言っていられない人のためにすぐに真似できる「謝罪シナリオ」も掲載。また、SNS利用に関するガイドラインの策定やネット炎上した場合の謝罪訓練用の演習が用意されている。日頃からリスクを想定しその先を熟慮しておくことこそ、相手の立場を思いやる共感力の第一歩なのではないだろうか。あの時のはらさんに贈りたい1冊だ。