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今月の特選

危機と人類(下)

『危機と人類(下)』

  • ジャレド・ダイアモンド 著 小川 敏子/川上 純子 訳
  • 日本経済新聞出版社
  • 2019/10 336p 1,980円(税込)

進行中の日本の危機 解決のヒントは「変化と人類」

 国債、女性の役割、高齢化、移民政策、戦争責任、天然資源の浪費。これらのキーワードが意味するものがお分かりだろうか。答えは「日本の弱み」。現在進行中の日本の危機として本書『危機と人類(下)』の著者、ジャレド・ダイアモンド氏が指摘しているものだ。

 起こる前と後ではがらりと変わってしまう転換点――危機に見舞われた国家に着目し、「個人的な危機」への対処法と照合しながらその戦略や動向を分析した本書。国や時代を越えて、広く危機への対処法を理解しようというのが上下巻を通したメッセージだ。上巻では4つの国(フィンランド、日本、チリ、インドネシア)における過去の危機を主に論じたが、下巻では日本、アメリカ、そして世界が今まさに直面している進行形の危機を読み解いている。

 ジャレド・ダイアモンド氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授。

移民に対する消極性が日本の「弱み」

 冒頭で挙げたように、日本には大きな危機につながるいくつかの問題がある。とくに著者が問題視するのは、移民への消極性だ。本書(2019年5月に原書が刊行)では全人口に対する移民およびその子どもたちの割合を掲載しているが、それによるとオーストラリア28%、スウェーデン16%、アメリカ14%、日本はたったの1.9%だという。

 少子化や高齢化に悩まされている日本以外の先進国は、移民を積極的に受け入れることで労働力の低下や社会保障費の財源不足を緩和している。さらに移民は働く女性にとっても力になる存在だ。保育や介護を請け負う移民男女が増え、個々に雇えるようになれば、家事・育児を担う日本女性の労働力はもっと高まるだろう、と著者は示唆する。

 民族同質性が高く、それを誇りに思うのは日本の強みにもつながる特質だ。一方で、民族同質性に価値をおいていない国では「移民は社会を良くする」という見方が過半数を占めるという。アメリカのノーベル賞受賞者は多くが移民かその子孫であり、移民とは進んでリスクを取る挑戦者という存在だ。こうした視点も日本人にとっては新鮮ではないだろうか。

 ここで明治期の日本を思い出しておきたい。西欧列強に威圧され、自らの国力が劣っていることを認めざるを得なかった明治政府は、西洋に渡って学び、その社会システムを大々的に取り入れた。だが日本文化に合わせた再構成をし、残すべき価値観は保持した。つまり「囲いをつくり」選択的に変化したのである。令和の日本も、変えるべきもの/守るべきものを改めて線引きする必要があるのだろう。

 本書のタイトルである『危機と人類』は、「変化と人類」とも読み替えられるかもしれない。これまでのやり方が通用しなくなったとき、どう変化を選び、歩を進めるのか。本書には世界規模の格差や気候変動など大規模かつ複雑な課題も描かれているが、未曽有の諸問題に、人類は丸腰で挑むわけではない。本書が教えてくれるように、過去の国々の歩み、そして私たち一人ひとりが持つ体験にも、乗り越えるヒントは眠っているのだ。

危機と人類(下)

『危機と人類(下)』

  • ジャレド・ダイアモンド 著 小川 敏子/川上 純子 訳
  • 日本経済新聞出版社
  • 2019/10 336p 1,980円(税込)
安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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